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「見た目が全てです」と茶道のおっしょさんは言った…………


 自分の見た目に無頓着なオヤジは「自分を客観視できていない、美意識に欠ける人物だ」と判断されてしまう。

《アエラスタイルマガジンVol.42より
「恥をかく日本ルールの着こなし」2019.04.11 安積陽子》

(前略)グローバルなビジネスシーンで必要な能力は、出合い頭のわずか数秒間で、自分の価値を最大限に伝えられる自己プレゼンテーションスキル。しかし私たち日本人の根底には、謙虚さを美徳とする考えがあるせいか、ボディーランゲージや装いを武器に望ましい印象を作ったり、装いを通じてウィットに富んだ会話を展開したりするのは、得意なほうではありません。

 階級社会が根強く残る欧米文化圏では、装いや振る舞いにはその人の本質や教養、価値観などが色濃く表れると考えられています。そのため、幼少期から子どもに対して服育を行う家庭も決して少なくはありません。

 また、マナーや所作についての初歩的な内容を新人研修で教わるだけの日本とは異なり、社会的な地位が上がるにつれ、その立場にふさわしい振る舞いや着こなしの指導を自主的に受けるエグゼクティブたちも多数出てきます。(後略)

 以前から気になっていた、おっしょさんの一言。
「見た目が全てです」
 彼女は毅然とした口調で、こう言った。以来、私の頭の片隅にずっと張り付いている一言である。
 安積陽子さんの一文で、それまで朧げだった、その言葉の輪郭がはっきりとしたものになった。
 私の茶道のおっしょさんは、欧米での生活が長い。しかも、欧米の方への茶道の指導も経験豊富である。「見た目が全てです」と言うおっしょさんの言葉が持つ本当の意味を、安積陽子さんの文中で見つけた。

《 階級社会が根強く残る欧米文化圏 》
 で、培われた感覚なのであろうと、理解ができた。

 ずっと昔、仕事を頼んだことのある作家・村上龍も、
「欧米社会は貴族社会で、階級がはっきりしている」
 と語っていた。
 日本人が日本国内を対象にして、その言葉の持つ意味を理解した場合と、貴族を中心に動いている欧米社会を念頭においた理解の仕方では、その言葉が持つ重みが全く違ったものになる。
 たとえば「上辺だけじゃわからない」とか、「人は見かけによらない」とか、「見栄を張る」だとか、色々と「見た目」と「真の価値」とは違っているということが、日本人の常識として根付いている。
 しかし、安積陽子さんの文章では、欧米社会では「見た目」がかなりの確率で「真実の姿」を現している、ことになる。
 それらのことを考え合わせて、自分の周囲や自分を振り返ったとき、まさに、その通りだと思えることが沢山ある。
 自分の周囲の男たちの普段の洋服への気配り具合や清潔感が、かなりの割合で、その人の「人物評価」につながっていると感じる。
 中年の「おやじ」は、特に気を付けたいものである。スーツの後ろ姿の「S字のラインの出方」で判断されてしまうそうだ。
《背中に多数のシワがあるスーツを着ていたり》
《スーツのボタンを留めたまま椅子に座っていたり》
《足先が擦て、踵の減り方が左右異なる靴を履いている方》
 などなど、要注意である。

《ニューヨークの第一線で活躍するビジネスパーソンは、初対面の相手の「後ろ姿」で素養や能力を判断する、と言います。チェックポイントは、スーツのラインとシャツのフィット感。これだけで、相手の経済力や意識の高さを見極めるのです。世界各国の首脳らは、ボディーラインを最大限に引き立てる仕立てのスーツを着ていますが、背骨の曲面に合わせて美しいS字のアーチを描くシルエットは、良いスーツを仕立てる経済力を表すひとつの記号として見られます。》

 茶道のおっしょさんの一言は、「周囲への気配り」や「自分を客観視する重要性」を、十分に認識させてくれた。





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