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能面の限りない地平……

 能面の個展を見て来た。初めて沢山の能面に囲まれて、じっくりと彼ら彼女らと対峙させて頂いた。
 若いお弟子さんの作品から一通り見て、その中で琴線に触れた作品があれば改めて見てみようと、右端の作品から見始めた。一人目、二人目と作品を見て行く。すると、
「待て! 私を見ろ!」
 と、能面に呼び止められた気がして立ち止まった。呼び止められた能面は、頬の痩せこけた老婆の能面だった。誰の作かとプロフィールを見ると、お弟子さんたちの師匠の作品だった。そうとは知らずに、老婆の能面の前で足を止められた。 
 それまでの作品は、若い女性の白塗りの顔の能面が多いと感じた。それが突然、老婆が目に飛び込んで来て驚いたのか、異質な能面に足止めを食った。プロフィールを読み終えて再び老婆に向き合った時には、すでに先ほど呼び止められた時に感じた命のほど走る波動は、消え失せていた。
 さらに進んで、師匠の作品群の左端に展示されていた一つの女性の能面に、釘付けになった。いくつも展示されている女性の能面の一つでしかないのだが、他の面には感じなかった「透明感」を強く感じた。
 私は文章を書く時に一番目指しているのは「透明感」である。それは、書き手の私が文章から感じられないように「虚しく」する事を、最大限に目指している。その「虚しさ」を、目の止まった女性の能面から感じた。そこからは逆に、女性の表現し得る全ての感情がほとばしり出て来る。
 作品の配置にも苦心されたのだろう。その意図と苦労が伝わって来た。視線の高さに一番見せたい作品をシーンの冒頭、中、最後と配置されていると思った。
 最後の「シュワちゃん」の能面を見て笑みがこぼれたまま後ろに向きを変えると、お弟子さんの一人で脚本家の女性が、私の反応を楽しげに見ながら微笑んでいた。

創作活動が円滑になるように、取材費をサポートしていただければ、幸いです。