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利休、秀吉、朝顔の花、嫁入り道具

 ダイヤモン社のサイト「DIAMOND online」で、こんな記事を見つけた。

《(※前略)利休の庭には、朝顔が見事に咲き誇っていました。あるとき、その評判を当時の天下人である豊臣秀吉が聞きつけ、「見せてもらおうではないか」ということになりました。わざわざ殿が見に来るとなれば、花に水をやって手入れをしたり、庭の雑草を抜いたりして万全に備えるのがふつうでしょう。

 しかし、利休がしたことは正反対でした。利休は当日の朝、なんと庭の朝顔の花をすべて摘み取ってしまったのです。
 庭を訪れた秀吉は「いったいどういうことだ?」と状況が飲み込めません。不思議に思ったまま茶室に入ると、そこには、「一輪の朝顔」(※『床の間に』=カゲロウ・注)が生けられていました。

 このエピソードをあなたならどのように解釈しますか?(※後略)》

 その答えが次に、筆者によって語られます。

《たとえば、「利休は咲き誇っていた朝顔を摘み取るという究極のシンプル化をすることによって、茶室の一輪の朝顔を引き立てた」というのは? これは解釈としても筋が通っていますし、そう考える人は少なくないと思います。

 しかし、「作品とのやりとり」という視点を入れるなら、もうちょっと別の考え方もできそうです。つまり、利休が目指していたのは「鑑賞者とともにつくり上げる庭」だったのではないでしょうか。

 もし秀吉が「朝顔が咲き誇る完成された庭」を見せられていたら、どうなっていたでしょう? 彼はおそらく「おお、すばらしい!」と感動したでしょうが、それでは受け身の鑑賞で終わってしまったことでしょう。見事な花で埋め尽くされた完璧な庭は、それ以上にもそれ以下にもなりません。

 では、花が摘み取られた「空白」の庭と、たった一輪の朝顔を見せられた場合は?

 きっと彼は、残された「一輪の朝顔」を手がかりにして、それらが庭に咲き誇っていた様子を想像したのではないかと思います。
 そうやって生み出された「想像上の庭」は、実際に朝顔が咲いていた「現実の庭」よりも、はるかに奥行きの深いものであったかもしれません。

「空白の庭」は、鑑賞者の想像によって、無限に変化し得るのです。》

 上記の一文は、ダイヤモンド社のサイトから抜き書きしたものである。タイトルは『なぜ利休は、秀吉が心待ちにした「庭の朝顔」をすべて摘み取ったのか―――末永幸歩』である。さすが、ダイヤモンド社のサイトであると思った。

 茶道の持っている効能の一つが、『主人の、おもてなしの思いを、どこまで理解することができるか』という、『知恵の力試し』であると思っている。この一点をないがしろにされてしまったら、その先に待っているのは、茶道に対する、明治以降の評価ではないだろうか。

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