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クリストフォリのチェンバロ:イタリアのチェンバロについて4(170)

ピアノを始めとする奇抜な創作楽器の数々で有名なバルトロメオ・クリストフォリですが、一応、普通のチェンバロも作っています。何をもって普通とするのかは難しいところですが。


Bartolomeo Cristofori, c. 1700, "Ebony"

Bartolomeo Cristofori, Florence, c. 1700
Museo degli Strumenti Musicali del Conservatorio “Luigi Cherubini” di Firenze.
https://www.galleriaaccademiafirenze.it/en/artworks/harpsichord-bartolomeo-cristofori-musica-strumenti/

フィレンツェ音楽院 "ルイジ・ケルビーニ" 所蔵のこのチェンバロは、何といっても珍しい黒檀製のケースが特徴です。突板などではなく無垢の黒檀材を使用。

ピアノに関する最初の記述のある1700年のメディチ家の目録には、この楽器のことも載っています。

Un Cimbalo di Bartolomeo Cristofori, levatoro di cassa, a due registri principali unisoni, con fondo di cipresso senza rosa, con fascie ponti traversa salterelli i scorniciatura di ebano filettata d'avorio, con tastatura di avorio et ebano senza spezzati che comincia in gisolreut ottava stesa e finisce in cisolfaut con n. cinquanta tre tasti tra bianchi e neri, lungo braccia quattro e un quarto, largo nel davanti braccia uno e soldi otto, con suo leggio di cipresso, sua contro cassa di abeto pura e sua coperta di cuoio rosso fodorata di taffetà verdi orlata di nastrino d'oro.

バルトロメオ・クリストフォリのチェンバロ、取り外せるケース、二つのユニゾンのプリンチパル・レジスター、ローズなしのサイプレスの響板、側板、ブリッジ、ジャックレール、ジャック、モールディングは象牙象嵌の黒檀製、象牙と黒檀の鍵盤、分割黒鍵なし、Gで始まりCで終わる白黒の53鍵、長さ4と1/4 braccia、前面幅1 braccia と8 soldi、サイプレスの台、白木の外箱、緑のタフタで裏打ちされ金のリボンで縁取りされた赤い革のカバー。

Stewart Pollens, Bartolomeo Cristofori and the Invention of the Piano, 2017.

素材が珍しい事以外は基本的に普通のインナー・アウター型の薄手のイタリア式チェンバロで、側板の厚さは約4mm。もっとも、あまり厚いと加工が不可能でしょう。アウターケースが付属したようですが現存しません。でもアウターケースで隠したらせっかくの黒壇の意味が無いのでは。

1783年にジュゼッペ・フェリーニ(クリストフォリの弟子のジョヴァンニ・フェリーニの子)によって大規模な改修が行われ、音域が AA-d3 になり、ブリッジ等も交換されて黒壇製ではなくなっています。

無ローズの響板はクリストフォリの通例ですが、ベリーレールの息抜き穴は後から開けられたものでしょうか。

Kerstin Schwarz, Cristofori and the Medic, 2011.
https://www.animus-cristofori.com/files/vortragnizza2011.pdf

この楽器は Kerstin Schwarz によって調査が行われ。実際に黒壇を使った複製楽器が製作されています。音響的にはどうなんでしょうかね。 Luca Guglielm 演奏のガルッピのソナタ集のCDでその音を聞くことが出来ます。


Bartolomeo Cristofori, 1722

Bartolomeo Cristofori, Florence, 1722
Grassi Museum für Musikinstrumente der Universität Leipzig.
https://mimo-international.com/MIMO/doc/IFD/OAI_ULEI_M0000084
Stewart Pollens, Bartolomeo Cristofori and the Invention of the Piano, 2017.

ライプツィヒのグラッシ博物館所蔵のこのチェンバロは、同時期のクリストフォリのピアノとそっくりですが、実際内部構造もほとんど同じで、ピアノ製作の際に開発された技術を流用したチェンバロと言えそうです。

Piano: Bartolomeo Cristofori, Florence, 1722
Museo Nazionale degli Strumenti Musicali
https://www.gebart.it/musei/museo-nazionale-degli-strumenti-musicali/

2×8' で、音域 C-c3 の4オクターヴは彼の同じく1722年のピアノと同様。ケース側板は13mmほどの厚板で、鍵盤横に飾り板を貼って薄いケースが入っているように見せかける「ファルス・インナー・アウター」型と、これもピアノと同じ。

この頃になるとインナーとアウターを別にするのでなく、厚板の単一ケースのチェンバロがイタリアでも見られるようになったのですが、伝統的なインナー・アウター型を駆逐することはなく、並行して両方とも作られていました。

これが凡百のファルス・インナー・アウター型のチェンバロと違うのは、クリストフォリのピアノにも使用されている「ダブル・ベントサイド」構造を採用していることで、弦の張力のかかる側板と、響板を支える側板を分離した二重構造をとることにより、響板にストレスがかからないようにしています。独特の補強構造も彼のピアノとほぼ同じ。

Kerstin Schwarz, Bartolomeo Cristofori. Hammerfügel und Cembali im Vergleich, Scripta Artium No.2, Universität Leipzig, Leipzig 2000/ 2002.
https://www.animus-cristofori.com/files/scriptaartium_edited.pdf
Ibid.

天才クリストフォリの創意を盛り込んだこのチェンバロは、音域が少々物足りないことを除けば、疑いなく秀逸な名器であるわけですが、現代で複製楽器を作る人はあまり居ないようです。ピアノと間違えられそうだからでしょうか。

Bartolomeo Cristofori, 1726

Bartolomeo Cristofori, Florence, 1726
Grassi Museum für Musikinstrumente der Universität Leipzig.
https://mimo-international.com/MIMO/doc/IFD/OAI_ULEI_M0000085
Stewart Pollens, Bartolomeo Cristofori and the Invention of the Piano, 2017.

やはりライプツィヒにあるこのチェンバロは、ピアノを含めた現存する彼のどの楽器よりも重構造で、側板厚16mmもあります。もちろんダブル・ベントサイド構造。それがさらにアウターケースに入っています。

しかし何よりこの楽器は 2', 4', 8' という3種類のピッチの弦を備えていることが特徴です。2' のレジスターというのは非常に珍しく、他にはハンブルクのハス一族のチェンバロにわずかに見られるのみです。 イタリアでは 4' すら廃れたこの時期に、こんな楽器を作る理由は不明ですが、おそらく他に無いからというだけではないですかね。

前面にレジスター操作用のノブと思しきものが付いていますが、これは後付けで、しかも部品が足りないらしく動作しません。オリジナルのノブは側面にあり、現在のアウターケースに入った状態では使用不能で、つまりこのアウターケースも後のものです。

現存するクリストフォリの「普通の」チェンバロはこの3台だけなのですが、どういうわけかクリストフォリ作の三段鍵盤チェンバロとかいうものが古い本には載ってたりします。これについては多分次回に。

属啓成『ピアノの歴史』音楽之友社、1965年

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