ピアノを始めとする奇抜な創作楽器の数々で有名なバルトロメオ・クリストフォリですが、一応、普通のチェンバロも作っています。何をもって普通とするのかは難しいところですが。
Bartolomeo Cristofori, c. 1700, "Ebony"
フィレンツェ音楽院 "ルイジ・ケルビーニ" 所蔵のこのチェンバロは、何といっても珍しい黒檀製のケースが特徴です。突板などではなく無垢の黒檀材を使用。
ピアノに関する最初の記述のある1700年のメディチ家の目録には、この楽器のことも載っています。
素材が珍しい事以外は基本的に普通のインナー・アウター型の薄手のイタリア式チェンバロで、側板の厚さは約4mm。もっとも、あまり厚いと加工が不可能でしょう。アウターケースが付属したようですが現存しません。でもアウターケースで隠したらせっかくの黒壇の意味が無いのでは。
1783年にジュゼッペ・フェリーニ(クリストフォリの弟子のジョヴァンニ・フェリーニの子)によって大規模な改修が行われ、音域が AA-d3 になり、ブリッジ等も交換されて黒壇製ではなくなっています。
無ローズの響板はクリストフォリの通例ですが、ベリーレールの息抜き穴は後から開けられたものでしょうか。
この楽器は Kerstin Schwarz によって調査が行われ。実際に黒壇を使った複製楽器が製作されています。音響的にはどうなんでしょうかね。 Luca Guglielm 演奏のガルッピのソナタ集のCDでその音を聞くことが出来ます。
Bartolomeo Cristofori, 1722
ライプツィヒのグラッシ博物館所蔵のこのチェンバロは、同時期のクリストフォリのピアノとそっくりですが、実際内部構造もほとんど同じで、ピアノ製作の際に開発された技術を流用したチェンバロと言えそうです。
2×8' で、音域 C-c3 の4オクターヴは彼の同じく1722年のピアノと同様。ケース側板は13mmほどの厚板で、鍵盤横に飾り板を貼って薄いケースが入っているように見せかける「ファルス・インナー・アウター」型と、これもピアノと同じ。
この頃になるとインナーとアウターを別にするのでなく、厚板の単一ケースのチェンバロがイタリアでも見られるようになったのですが、伝統的なインナー・アウター型を駆逐することはなく、並行して両方とも作られていました。
これが凡百のファルス・インナー・アウター型のチェンバロと違うのは、クリストフォリのピアノにも使用されている「ダブル・ベントサイド」構造を採用していることで、弦の張力のかかる側板と、響板を支える側板を分離した二重構造をとることにより、響板にストレスがかからないようにしています。独特の補強構造も彼のピアノとほぼ同じ。
天才クリストフォリの創意を盛り込んだこのチェンバロは、音域が少々物足りないことを除けば、疑いなく秀逸な名器であるわけですが、現代で複製楽器を作る人はあまり居ないようです。ピアノと間違えられそうだからでしょうか。
Bartolomeo Cristofori, 1726
やはりライプツィヒにあるこのチェンバロは、ピアノを含めた現存する彼のどの楽器よりも重構造で、側板厚16mmもあります。もちろんダブル・ベントサイド構造。それがさらにアウターケースに入っています。
しかし何よりこの楽器は 2', 4', 8' という3種類のピッチの弦を備えていることが特徴です。2' のレジスターというのは非常に珍しく、他にはハンブルクのハス一族のチェンバロにわずかに見られるのみです。 イタリアでは 4' すら廃れたこの時期に、こんな楽器を作る理由は不明ですが、おそらく他に無いからというだけではないですかね。
前面にレジスター操作用のノブと思しきものが付いていますが、これは後付けで、しかも部品が足りないらしく動作しません。オリジナルのノブは側面にあり、現在のアウターケースに入った状態では使用不能で、つまりこのアウターケースも後のものです。
現存するクリストフォリの「普通の」チェンバロはこの3台だけなのですが、どういうわけかクリストフォリ作の三段鍵盤チェンバロとかいうものが古い本には載ってたりします。これについては多分次回に。