見出し画像

人前で話すこと。

 人前で話す時、緊張しない人なんているのでしょうか。もし、いたとしたら、どうか人前で話す際のコツを指南していただきたい。私もそう思っている一人です。

 前々回に棋士の斎藤慎太郎八段の「角換わり腰掛け銀研究」という本の中のコラムを取り上げましたが、今回はその中でまた別のテーマ「人前で話すこと」という内容について書きたいと思います。

 斎藤先生はタイトルも獲得されたことのある棋士でいらっしゃるので、人前で話すことにはもう慣れていらっしゃるのかなあとも思いましたが、全くそういうわけでもない様子。人生初の人前で話した経験は、中学一年生の時、全校生徒の前で将棋を始めようという内容の作文を朗読したことだそうですが、その時の反応は決して温かいものではなく、メンタルは鍛えられているけれど、棋士になって人前で話す時は都度緊張されるそうです。

 斎藤先生のような著名な方々でなくとも、人前で話した経験は皆それなりに持っているかと思います。私も社会人になって、そういう経験は数え切れないほどしてきました。当然学生の頃から社会人になりたての頃までは、ものすごく緊張しました。たかだか十人くらいのカルチャーセンターや学生の勉強会のグループ相手に話すだけでも、その日の朝からそわそわし始め、いざ話す際には声が裏返ったり、マイクの電源を入れたはずなのに全然音が入らなくて冷や汗をかいたりしたこともあります。

 しかし、数年前にあることに気付いてからは、以前よりは緊張しなくなりました。

 あれは、福祉関係の部署にいた時のこと。介護保険の要支援(介護認定の軽度者)を対象とする介護サービスが、国の方針で、自治体ごとの独自のサービスに移行することになり、地域独自のサービス単価やサービス内容の設定など地域独自の制度設計をしなければならなかったのです。そこで、地域の介護サービス事業者の方々にお集まりいただき、国の方針と住民の方々のニーズの特性、それを踏まえての自治体としての方針、それに協力していただくべく事業者の方々のご理解を得なければならないので、説明会を開催しました。おそらく200人くらいはお集まりいただいたかと思います。

 地域の実態に合わせた制度設計と言えば聞こえはいいですが、実態はサービス単価を下げる制度改正になるため、事業者の方々としては説明会の開催前から不満が出ているのは知っていました。このため、説明会とは名ばかりで、実質は価格設定を調整する労働争議のようなイメージになるだろうという予測のもと、臨むことになりました。緊張するステージとしては、これ以上ないくらいの要素が揃っていたと思います。

 さて、始まってみると、妙に相手の顔がよく見えている自分がいました。なぜでしょう?
 それは、皆、「自分が思っているほど、こちらの話を聞いていない」ということに気付いたからです。むしろそのことに気付いてからは、「じゃあこっちの話に引き込んでやろうじゃないの」とやる気が出ました。

 つまり、重要なのは、緊張しないためには客観的になることが一番なのかもしれないということです。

 上手く話そうと思っていると、それは自分のことしか気にしていないし、自分のことで一杯いっぱいだということになります。人前で話す際に大事なのは、聞き手にわかりやすく、自分の最も伝えたいことを伝えることのはずです。そうであれば、話し手でもなく、聞き手でもなく、話し手と聞き手の双方を客観的に見る視点を持ち、会場の雰囲気に合わせて話し方を変えることが必要です。

 それに、実は聞き手のことがよく見えるようになると、案外最初から100%、話に集中してくれている人もなかなか少ないことがわかるものです。「観客は皆、カボチャだと思え」というのは、きちんと聞いてくれている人、見てくれている人は実は自分が思っているよりも少ないのだということを言っているのかもしれません。

 余談ですが、半年後に無事に新制度として新しい地域独自のサービスがスタートした時、説明会に参加されていたある事業者の方に、「あの時は、なんてはっきり言う職員さんなんだろうと思ったけど、新しいことをやるためには、あれくらいの強いリーダーシップがないとできなかったと今となっては思う」と言っていただけたのですが、きっと生意気な小娘に思われたのだろうなと少し反省をしたことは、一応最後に付け足しておきます苦笑。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?