【物語】しずかなるせかい
世界という言葉が表す範囲が地球から宇宙に広がったころ。
かつての南極のように、月面に各国の研究施設が建設されて、いくらか経ったころ。
アメリカのような大きな国だと、既に月面に、研究施設だけでなく、地球からの移民街を形成したりしていたころ。
宇宙が、人の実生活に、だいぶ近づいたころ。
私、小牧シズカは、その宇宙で、二十一歳の誕生日を迎えた。
宇宙船から外に出て、宇宙を漂う。
胎児のように、宇宙船とケーブルで繋がれたまましばらく遊泳する。
空気の無い宇宙では、音は無い。
自分の心臓の音と、宇宙服の機械音だけが、私の鼓膜を揺らす。
いつか、その音すらも無い宇宙を体験したいなと思う。
何も無い、宇宙の音を聞くのだ。
窒素噴射機によって姿勢と移動を制御する。
ふと、二つの星が目に飛び込む。
銀色に輝く、二つの星。
何だか、手を伸ばせば掴めそうな気がして、姿勢を整える。
宇宙服のせいで十分に伸びきらない腕を、伸ばす。
当然、届かない。
以前に比べ、宇宙服は薄く軽く進化したものの、未だに普通の洋服のような自由度は確保できないでいる。
この服さえ無ければ、きっと手が届いただろう。
『……シズカ、聞こえる?』
心臓の音と、機械音、無線の声。
「あ、はい、聞こえてます。」
『気持ちは分かるけど、そろそろ作業に移ってくれるかな?』
「はい。」
『ケーキ用意して待ってるからさ。』
「了解です。」
通信長である鹿島カナさんの指示に従い、船の外壁を伝って、船尾へ向う。
船尾では、すでに金田先輩が作業にあたっていた。
私に気づいた先輩が、こちらへ来てヘルメットを接触させる。
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