見出し画像

不思議なカフェ

いらっしゃいませ。当店は通常のカフェとは若干違いますが、よろしいですか?ああ、ご存知で。お友達から聞いて?そうですか。では、お入りください。

ご案内する前に、当店の方針について説明させていただきます。

まず、お入りになるお客様はこちらで選ばせていただきます。というのは、本当に必要な方以外は当店でお出しするものの価値を心から味わっていただけないからです。私どもは、誠心誠意この仕事に取り組んでおりますので、それだけの価値をお客様が感じられないとしたらそれはまったく無意味なことです。お金を払うだけ無駄というものです。

はい?いくらならいいのか、ですか?お金の問題ではないのです。また、能力、人格、性格とも一切関わりがございません。当店が是非味わっていただきたいと思う方、としか言いようがないのです。その点はご承知おき下さい。

それから、お出しするのは飲み物のみ。しかも、選ぶことができません。出す飲み物は、こちらで決めさせていただきます。どんな場末のカフェでもおいてあるスタンダードな飲み物です。アレルギーが気になる方は、お運びした際お申し出下さい。対応させていただきます。

では、今日は3名のお客様をご案内いたします。

          *                       *                       *

うんと苦いコーヒーなら良かったのに、とソフィアは思った。運ばれて来たのは日本茶。日本にはいい思い出がない。矮小な国に住む日本人は、外見だけで私を疎外した。耐えきれず、母と離婚しアメリカへ帰った父を頼って中学の時渡米した。日本人と言われたくなくて、誰よりもアメリカ人らしく振舞った。アメリカ人よりアメリカ人らしい日本人の血が半分入った私。

お茶は、甘い香りがした。この匂い、思い出した。お米の匂いだ。玄米茶。子供の頃、周囲は見渡す限りの田園だった。黄金色に波打つ稲穂。そのイメージは確かに自分の中にある。一口飲むと、コーヒーとは違うどこか甘くて包み込むような懐かしさが口中に広がった。母に連絡しようか。ふと思った。

         *                       *                       *

俺をバカにしてるのか。正孝は苛立った。店員が運んで来たのはミルクだった。こんなのはガキの飲み物じゃないか。どいつもこいつも口だけは一人前だ、そのくせ苦労の伴う仕事はしようとしない。部下は、正孝のやり方はもう古いとかげで笑っている。業績が伸び悩んでいるのを上から責められる。胃がきりきりと痛んだ。

熱いミルクを吹いてさましながら口に入れる。ミルクはほんのり甘い。苦い気持ちがミルクで中和されたかのように、肩の力が抜けていく。俺はいつからこんな風に怒りっぽくなったんだろう。仕事はこなすんじゃなくて作り上げていくものだ。共に良い仕事をするという気持ちが俺には足りなかったのだろうか。

        *                       *                       *

麻里子は運ばれて来たコーヒーを見て顔をしかめた。「嫌ぁだ、あたし、苦いの嫌いなのよぉ。」と言うと店員は「お客様に必要なものです。」とすまして言い終えるとさっさとカウンターの奥に引っ込んだ。やっぱりいつものホテルラウンジにしとけば良かった。あそこはパパの経営するホテルだからわがままがきく。どうしてこんなカフェに来ちゃったんだろう。

しぶしぶ飲む。やっぱり苦くてまずい。店員を呼びつけクリームたっぷりのカフェラテに代えるように言いつける。店員は「できません。」と首を横にふる。

「あなたは今までご両親に甘やかされてきました。人生には苦さも必要です。それはあなたもお分かりのはず。だから当店にいらっしゃったのでしょう?苦みがわからなければ本物の大人になれないと。まずは最後まで飲んでごらんなさい。飲んでしまえばなかなか味わい深いものですよ。」

本当だろうか。二口三口と飲む。次第に味に慣れてくる。苦さも悪くない。半分を過ぎる頃には苦さの中に芳醇ななんとも言えないふくよかさを感じていた。「本当ね。」と言うと店員はにっこり微笑んだ。

          *                       *                       *

本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。ええ、必要がなくなるその時まで。私どもはいつでもお待ち申し上げます。












この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?