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ロマンティックエロス〜あなたのそばの木村〜

さわやかな風を感じる午後12時ごろ。
隣のうちから盗んだ、20代オーエルの下着を嗜んでいると、実はそれはその娘の母親の下着で、えっ、これを40代が!?と驚きながら、リボンブラ(カラーはブルー)をひと口含んで吐き出した。

世の中かわったなぁ、と思うのである。
岡崎体育はおっさんになっていて、おっさんである自分を受け入れていたし、ゲスすぎる泣ける不倫をされた側芸人のアンタッチャブルな方は、すっかりお茶の間に受け入れられている。
もはや、オバハンはベージュな下着、というのは信じられない御伽噺である。

小汚く変色したワイシャツを着て、今日もパソコンの前に座る。
仕事らしい仕事はない。
ただ、加藤順弘という僕の専属ら上司が、今日も一日座っていてね、と30年も前から執拗に言い続けるので、僕は自宅の、自室の椅子に、パソコンを置いて座り続けている。

ご飯ヨォ〜と妻の静香が呼ぶ。
静香はネグリジェを着ていた。
どうしてそんなものを身につけているんだ、と尋ねると、
「だってもう5月よ。暑いんだもの。よくあなた窓も開けずに仕事しているわね」
と、一気に捲し立てた。
前が透けたショーツからは淫毛がゴウゴウと生えていて、思い切りはみ出しているが、静香は全く気にせず堂々と家の中を歩いていた。

「静香。綺麗だよ」
そういうと、静香はアッハッハと笑い、ありがとうといい、そこに置かれた焼きそばをぐわーっと食べた。唇や歯に青のりがついても全く気にしない、そんな静香が僕は好きだった。

「隣の木村さん、やっぱり変よ。あなた大丈夫なの?」
20代オーエルの母である、新山都子は言った。
「木村さん?あぁ、拓哉さんのこと?」
20代オーエルの新山千鶴はいった。
「おかしいでしょうよ!昼も夜もカーテンも閉めずにネグリジェで歩き回ってるなんて」
都子はそう言って木村家を眺めた。
静香はネグリジェで焼きそばを食べている。

「なーんだ。そっち。木村拓哉の方じゃないんだ」
「えっ、キムタクがどうしたのよ」
都子を眉間に皺を寄せ、いかにも怪訝そう、という顔を作ったが、内心は、あの向かいに座った白髪ハゲつらロン毛ぼろぼろワイシャツ野郎が、木村拓哉なのか!?という衝撃を隠すのに必死だった。

「だって、あの人さぁ、木村拓哉になるために、ネグリジェ中毒の木村静香さんと結婚して、順弘って名前も変えて、木村拓哉になったんだよ」
都子はまじまじと木村拓哉を見ながら
「そう…努力されたのねぇ」
と、精一杯の憂いを込めて、その言葉を口にした。

隣の奇妙な夫婦のことを考えながら、都子は買ったばかりのリボンブラを身につけながら、都子は仕事の支度をした。
一方千鶴は、いまからパートに行かなきゃと地味なベージュの下着を着た。
千鶴の本業は夜職だが、いつかは昼の人間になるために、地道なパートを欠かさない。
気がついたら35歳バツイチだけど、隣の木村さんが20代オーエルと信じているうちは、まだ大丈夫と信じている。

「お母さん、今日の仕事はなに?」
「今日は田中のおじいちゃんの入浴介助」
都子はジジ活が本業で、その実態はほぼ介護と家事であり、性的なアレはリボンブラでOKなのだと、以前千鶴に話していた。

じゃ、お互い気を付けて。
そう言って自宅に鍵をかけると、木村拓哉がそっと洗濯物を戻しにやってきて、木村静香はネグリジェの上からTシャツとGパンを履き、スーパーに買い物に行くのだった。

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