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ほんとのはなしじゃないやつ

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サークルとか合評会で書いた文とか小説とかです
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うたをうたうものたちのセレナーデ

うたをうたうものたちのセレナーデ

 朝焼けが消える前からバスに揺られている。僕にはとても珍しいことだった。
 バスの座席でメモ帳アプリを開くのが最近の癖になっている。今日はまず真っ先に最寄りのバス停を降りてから正門までの三分のことを考えた。道に舞い落ちたあとの桜の花は海風に浚われるように、ぶわ、と吹きつけてくるのではないかと。僕はそれが嫌いではないし、多分好きだ。
 画面に指を滑らせる。少しくすんでザラついヒビの入ったフィルム。僕

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叶わなかった恋の話を

叶わなかった恋の話を

 叶わなかった恋の話をずっと聞いていたいと思うことがあるんです。何も恋に限らず、手に入らなかったものの話を聞くことが好きです。悪趣味だなんて言わないでください。でも、その人の『ほんとのところ』が透けてみえてしまう気がするから好きで、話してくれるなら、いくらでも、ずっと聞きます。

 片想いが叶わなかったとき、忘れたほうがいい、って言ったりするじゃないですか。けどそれって、できないことなんじゃないか

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忘れること

忘れること

「万有引力とは 引き合う孤独の力である」——谷川俊太郎

 部活を引退してからは、きみと一緒に放課後の図書室で過ごすことが日課になった。窓際の、夕日が差し込むぽかぽかした椅子に隣同士並んで座って、こっそりお菓子を食べたり、わたしがわからない問題を教えてもらったりしながら大学受験の勉強をしていた。
「ねえゆきちゃん」
 きみはふと手を止めて頬杖をつきながら言った。
「ゆきちゃんて、実は記憶力いいよ

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