2019年3月23日(土)

至近のアパートが取り壊されるようだった、言っては難だが取り壊されてしかるべきというか、ここ数年の私のボロアパート像の中核を担っていたような古びた外観だった、自宅に知人を招いて駅から自宅までの通り道にあるそのアパートに案内して、ここですよ、と言ってその知人がそのボロさに囲まれて過ごすその先数時間のことを思ってちょっと顔を歪ませる、それで私は、嘘でーすここではありませーん、もうちょっと綺麗な建物でーす、と言って、その先にある真の自宅であるところのちょっと綺麗な建物に案内する。という妄想をたびたびしていた、ひとの気持ちや事情を考えないちょけた妄想だった、だから少しばかり寂しさがあったと言えなくもなかった。

ちょけた、という単語は最近私の中に持ち込まれたもので、それはジャルジャルの【ちょけた出しもんして後悔する奴】によるものだった。ジャルジャルタワーという企画は、毎日やるぞ、少なくとも後から見返したときに、投稿時間から目を外らせさえすれば毎日書いていたように見えるような状態を維持するぞ、という私のこの日記の方針に影響しているというか、継続することへの義務めいたモチベーションにだいぶ貢献している。生活の連続に、日を記す動作を途切らせないで組み込むこと。三ヶ月後とか八年後とか二十九年後とかの私が見れば馬鹿らしいことになっているかもしれないが、今は普通に楽しいからやる。義務という言葉は使う必要はなかったかもしれないが、書かれたから書いておく。

電車に乗っているとどこぞの母娘が乗り込んできた、娘はたぶん五歳くらいだが私はその年代の人間がだいたいどれくらいかという見当をするのが苦手だった、朗らかな光景でわりと胸いっぱいになった。ガタンゴトン、ガタンゴトン、と娘のほうが電車の進行に合わせて口で言っていたが、電車はスピードが上がると、ガタンゴトン、という音が出ないようになっていた、一定の音階の摩擦音こそ主旋律だ、ということに逆に気付かされた。一駅のあいだずっと口に出していて、それで国分寺でおりていった。

レイソルは負けた。【波よ聞いてくれ】が相変わらず面白い、沙村広明の言語感覚はどうなっているのか。両親は明日は二人でららぽーとに昼飯を食べに行くらしい、食べ放題なので父は朝を抜くと豪語していた。私は昼から用事。

#日記 #エッセイ #コラム #小説 #創作


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