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東京、夜、小雨

夜11時を少しまわった時分。東京は少し雨が降っている。

気に入りの線香にライターで火を点けて吹き消す。白檀の香りが立ち上る。京都に旅行したとき、清水の二年坂で買ったものだ。一本ずつ仕切られたプラスチック容器に入れられ、浅葱色の和紙に丁寧に包まれている。

 同じライターで、煙草に火を点ける。特に気に入った銘柄ではない。ただ、メンソールが入った清涼感のあるものより落ち着くのがいい、と思っている。

虫が寄ってこないように部屋の電気を暗くして、窓を開ける。ベッドに腰掛けたままベランダに顔を出し、煙草を吹かす。遠くにはいつもと同じ、六本木ヒルズのタワーが見える。

煙草がカーテンに触れないよう注意する。カーテンは明るい水彩画風の猫の柄で、散々迷って購入した。昼間は少々子供っぽいデザインに感じることもあるが、日が落ちても部屋の印象が暗くなりすぎない感じがやはり気に入っている。

煙草を吹かしながら、わたしはしみじみと幸せを感じるのだ。

わたしは、線香の香りが好き。

煙草を吹かしながら夜空を見上げるのが好き。

明るい色の猫の柄のカーテンが好き。

ひげを蓄えた、優しい目を眼鏡の奥に持つ男が好き(だった)。

色っぽい年下の男が好き(いつも)。

仕事に邁進してどんどん社会のことがわかるようになって、新聞を読むのがどんどん面白くなる感覚が好き。

勉強を少しだけ頑張って(計画的には頑張れない、いつも短期集中型)資格を取るのが好き。

ひとから見ると、わたしの好みには一貫性がない?だから、しょっちゅう理解できないだの不思議だのと言われるのだろうか。

そう言われて嬉しい気持ちになったことはないし、寂しい気持ちになることもある。でもしょうがないと思う。ひとが自分をどう見るか、は、残念ながらわたしには変えられないし、良いか悪いかわからないが、わたし自身に影響を与えるほど心の琴線に触れるわけでもない。わたしはせめて、ひとに寂しさを与えないように、理解できないとか不思議ちゃんとか、冗談でも言わないようにしなければ、と思うだけだ。

今日は両親の結婚記念日だったらしい(いったい何回めなんだろうか)。明日は、ケーキを持って実家を訪れることになっている。両親からは、もう家庭を持っていて、マイホーム購入を検討している兄と比べて、また色々言われるかも知れない(もっと明るい色の服を着ろだの、洗い物が下手だの、あんな狭い部屋に暮らすなだの、挙句結婚相手を早く探せだの…)。

でもわたしはその声を聞くのをほどほどに、美容室に行って髪を切る予定だ。

そして夜になればまたこの部屋に戻って、今日と同じように夜を満喫するだろう。


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