僕のユニフォームを着る彼女を思って
球春到来。シーズンが終わってシリーズが終わったと思ったら、いつの間にかキャンプも終盤。もうオープン戦が始まった。昨年、僕の応援している東京ヤクルトスワローズはありがたいことに20年ぶりの日本一になった。
思えば昨年のスワローズは見所が沢山だった。開幕の阪神タイガース戦では3連敗を喫し、主力選手がコロナ感染や濃厚接触で抜けて「あぁ…今年も最下位なるのだろうか」とうっすらと思っていたが、若手に中堅、ベテランと様々な選手の躍動で結果的には日本一。巷では優勝と最下位を繰り返すジェットコースターのような球団と思われているが確かにそうだと思う。けれど、だからこそファンでいることが辞められない。
話は変わって、僕は今ロンドンに滞在している。少なくとも2年は滞在するつもりで、帰省するとしてもきっと年末年始ぐらい。だから日本でプロ野球を観れるのは必然的に当分先になるのだろう。今日のスワローズはオープン戦でノーノーリレーを達成したらしい。こっちでも毎日のようにスワローズのニュースを追ってしまうぐらいなのだからやっぱり少し寂しい。
いや、少しじゃないな。本当に寂しい。
何故なら今までで一番楽しい野球観戦を経験してしまったから。
昨年、僕の小さな夢が一つ叶った。
それは恋人と野球観戦に行くということだ。
恋人と初めて話すきっかけになったのもスワローズだったと思う。「野球観戦に興味がある」と話していた彼女に、既に持っていたチケットをわざわざ買い直し「たまたまチケットが余ったのですがどうですか?」と誘ったことが、彼女とのちゃんとした最初の会話だった。結局その日は都合が合わず行けなかったが、それをきっかけにご飯に行くことになり、そのまま付き合うことにも繋がった。ただ僕はその時点で2月に渡英することを決めていたので、「それまでには野球を観に行きたいね」と話していた僕たちはクライマックスシリーズに行くことになった。この日以上に優勝してくれたスワローズに感謝した日はない。もしかしたら恋人と野球観戦に行くイベントはなかったのかもしれなかったのだから。
その日はクライマックスシリーズ第2戦。相手は同じ東京に本拠地を構える宿敵、読売ジャイアンツ。いわゆる東京ダービーというやつだ。相手先発は巨人のエース、菅野選手だった。菅野選手といえばスワローズの天敵。それこそ昨シーズンはコンディション不良で度々戦線離脱していたとはいえ、スワローズ戦だけは異様な強さを発揮していた。(スワローズ戦4登板で自責点1の防御率0.39!涙)
予告先発を見て、恋人は楽しめないかもとうっすら思ったのを覚えている。なんせ相手が菅野選手なんだもの。「初めての野球観戦で手も足も出ないスワローズは見せたくないな…」と思っていたけどそんな心配は杞憂に終わった。尻上がりに調子を上げるスワローズ先発の圭二くん、俊足好打の塩見、すっかり代打の神様になった燕のプリンスこと川端の気迫勝ちの押し出しやスアレス、シミノボ、マクガフの完璧な継投リレー。終始スワローズが押せ押せムードのままに勝ってしまった。
野球のやの字も知らなかった彼女が、スワローズの選手たちの一挙手一投足に歓声を上げていた。目をキラキラさせながら試合を眺めていた。そんな姿にとても見惚れてしまって、今でもこの日のことは鮮明に覚えている。「野球楽しいね!」と言ってくれたこと、貸してあげたユニフォームを僕よりも着こなしていたこと。ミスタースワローズの代名詞、背番号「1」のユニフォームを見にまとう彼女の後ろ姿は本当に可愛かった。
この日のおかげか、日本シリーズにも二つ返事で着いてきてくれた彼女。いつの間にか応援歌やチャンステーマを覚え始めていて、不覚にも少し泣きそうになってしまった。試合は9回にAJにマクガフが打たれてしまい負けてしまったけれど、それでもキャップ、哲人の同点に引き戻す3ランホームランの時には2人して手を挙げて喜んだ。そして迎えた決着の日。テレビの前からハラハラとラインを送り合った日本シリーズ第6戦。神戸の地までもつれ込んだシリーズはスワローズが延長戦の末に勝利。長らく故障に苦しんだ燕のプリンスが勝負を決めた。彼らは20年ぶりの日本一になった。
一緒に野球を観に行ったあの日から2人の話題はいつもスワローズのことばかり。ファン感謝祭も2人であーだこーだ言いながらテレビの前から見ていた。「来年はどんなシーズンになるんだろうね」と話していたら、気づくと年を越えていた。オフシーズンが終わってキャンプが始まった2月。時が流れるのはあっという間に僕はロンドンに着いていた。
だけど彼女には僕のユニフォームを貸してあげたままだ。
今年、初めて自分で野球観戦に行くだろう彼女のことを思う。
外苑前駅で降りた時、スワローズの広告を見つけて嬉しくなってほしい。行くたびに知ってる選手が増えるだろうし、奥川くん以外にも好きな選手が出来るかもしれない。地図があまり得意じゃない彼女のことだから、様々なユニフォームに身を包んだ人を追いかけて、いつの間にか久々の神宮にたどり着くだろう。お祭りみたいな雰囲気にそわそわしているかもしれない。僕だって何度行ってもそう感じてしまうんだからきっとそうだ。スタジアム外の様々な売店に足を止めてしまうし、どこからかただよってくる美味しそうな匂いに「今日は何を食べようか」とウキウキしてしまう。そしてやっぱりコンコースから球場に入った時の嬉しさは何度行っても未だに慣れない。練習中の選手を横目に今日も勝てるように願う。彼女もそうであって欲しい。
赤、紺、白のストライプのユニフォーム、その背番号は「1」。僕の貸してあげた大好きな哲人のユニフォームを着て彼女は神宮に向かう。その日はボロ負けかもしれないし、ボロ勝ちかもしれない。一点を争う投手戦や、手に汗握る乱打戦かもしれない。相変わらずつば九郎の空中くるりんぱは成功しない。それでも、彼女が東京音頭に合わせて傘を開く時、少しでも僕のことを思い出してくれたらいいなと思う。
熱燕、もうすぐ新しいシーズンが始まる。
(追記 : 彼女との関係は終わってしまいましたが、24才の思い出として文章はそのまま残しておきます。今でも大切な思い出です。スワローズが好きなままでいてくれたらと願っています)
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