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朧月恋花 第3章 薔薇④

【前回までのあらすじ】

 家庭用品会社に勤める小石希。かつての恋人だったコウと親友の衣美子が元鞘に戻り、三角関係の末、痛手を負った過去を引きずっていた。仕事では上司に反発、長年勤めた会社を急な休みを願い出、旅に出る。そんな折、取引先の棕櫚加工工房の吉川和也から、「結婚祝いをしたい」と、さらに追い討ちをかける内容の手紙が届く。どこで耳にしたのか、噂を鵜呑みにした手紙と吉川のことを思い出すうち、冷静さを取り戻した希。ようやく、仕事で吉川の元を訪ねることができる日がやって来て……。



 

朧月恋花 第3章 薔薇 ④ (初稿:2021.08.15)

「あら、和也さん、可愛らしいお客様よ」
 工房の出口で、成宮と鉢合わせた希は直感した。「ああ、この人は吉川のことが好きなのだ」と。美しい会釈をして立ち去った女性は、成宮と名乗り、吉川のことを「和也さん」と呼んでいだ。咄嗟のお世辞なのだろうが、希への「可愛らしい」は、「子どもっぽい」にしか聞こえなかった。美しい手に摘ままれたブランドロゴの入った紙袋が、希の右手のナイロン袋とすれ違う。


 どこまでも余裕のある笑顔に、美しく整った指先、艶やかに手入れされた髪をしていた。目と目が合ってしまうと、つま先からてっぺんまでをスキャンされたようで、居心地が悪くなった。
 小さいリュックに会社宛のお土産と一緒に詰め混んでいたばかりに、くしゃくしゃになってしまったナイロン袋が、途端に恥ずかしくなった。
惨めだった。表面上は波が立たずとも、大抵、向こうも同じものを感じているはずだ。それに気づいているのか否か、吉川は成宮に「ああ」とだけ言うと、手元からは目を離さず、棕櫚の毛先を整え続けていた。

 すっかり話しかけるタイミングを失ってしまった希はどこを見ていいかわからず、棚の上やら、無造作に積み上がったタワシの束、奥の神棚を眺めた。
 ただ、加工品を受け取る。そこに、あらぬ噂の訂正をして帰るだけのはずだった。たったそれだけの事なのに、身動きが取れない。成宮に会うまでは何ともなかったのに、車から降りてここに来るまでのわずか50mで浴びた西陽が、今になって汗となり、顔や手に吹き出してくる。 
 暫く立っていると、吉川が「お茶でも入れましょう」と手を止めた。
「あ、これ、おひとつですが、お土産のチョコレートです。お口に合えば」
「気を遣わなくて良いのに……でも、ありがとう」
 いつものように吉川はそれを棚の左端に置くと、代わりに右端に合った水羊羹を出してきて広げ、奥でお湯を沸かし始めた。


 静けさの中で、やかんの水が火に反応し、微かに「コー」と唸り始めると、やがて小さな気泡が立ち上った。それがボコボコと音を立て、沸きだすのを待てなくなった希は、遂に切り出した。


「あの!誤解されていたようですが、私、結婚しないですし、それで、今、吉川さんが好きです」
「……そう、でしたか。では、あの手紙はとんだ失礼だったことに。あ、冷たいお茶の方が良かったですかね」
「いえ、ちょうど温かいものが飲みたかったので有り難いです……」
 そこまで言うつもりもなかった希は、肝心な部分の返事をしなかった吉川の顔を真っ直ぐに見れなくなっていた。ただもう、これが軽い熱ですみそうにないことを、心のどこかで感じていた。


(続く)


【あとがき】

 先日、再会した美魔女さんに、「にいなちゃんの頭の中ってどうなってるの?興味津々なの」と言われました。物語が生まれる瞬間について、いろいろと尋ねられた私は、「たった1滴が落ちれば、あとはそこからどうにか」と答えたものの、その物語が動き出す瞬間に筆を走らせることと、筆をおいてからの修正、編集作業の方が遥かに時間がかかるので、未だに困っているんですよと笑いました。

 パラレルワールドを管理しているようだと言えばそうだし、連載となれば「暗記しりとり(しりとりの前からずっと繋げて答えるしりとり)」をしているようなものです。

 よく「身を削る」と言うけれど、私としても正しくそのような感じです。読み返してみれば、所々に経験や体験が落ちているし、名著や会話から吸収した言葉も生かしたいと使う部分もある。時には造語もあり、「香月にいならしさ」のようなものが浮き出ている。※それでも編集さんに指摘されれば、読者様がより読みやすいように変更します。(指摘されても、こちらであえてこだわって伏線を張るために使っている部分であれば、申し出、そのまま掲載することもあります)

 9月1日号では、遂に小石希ちゃんは予期せぬ告白をしてしまったわけですが、さて、次回は・・・・・・。

 次回もどうぞお楽しみに。

 最後までお読みくださり、ありがとうございます。

 

2021年8月15日 初稿

香月にいな



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