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短編小説「雲の上の存在」




 テレビの前に大の大人が3人揃って、お目当ての番組が始まるのを今か今かと待ち侘びていた。「いやあ、私はあの番組がすこぶる好きでね。他人には穿うがった見方をするなと苦言を頂戴するのだが、私の様な見方を諸君らに話した結果がこれだ。番組が始まる前からこの場に集まってくれた諸君に感謝する」そう話し頭を下げたのは、この場にいる1番年長者となる男であった。歳の頃は50そこそこに見えるが、鼻の下に蓄えた髭がなんとも言えない貫禄を出していた。この中年の彼がどうやら今日の催事を計画したらしい。





 「いや、そんなかしこまらないでください。大先生直々に声をかけてくださったんですもの、これ程喜ばしいことはございません。私はこうして俗物なものを、一度でいいから大先生と拝見したいと願っておりました」面長な壮年の男が、右手に持っていたタバコを灰皿で押し消しながら答えた。また、胡座を正すことなくそんな事をやるものだから、言葉とのチグハグ感が手伝い実に不遜に見える。しかし、壮年のこの男が誰よりも中年の彼を敬愛している。また、その事を中年の彼も十分に理解しているので無論喧嘩になどはならない。





 「おやおやなんだ、俗物という言葉を暗に卑下しているのかい?それでいて、まるで自分らが高尚であると結論付けでもしたいのかい?僕は君のことを尊敬しているが、ふと見られる狡悪こうあくな視点がどうも気に入らない」少年の頃は美少年であっただろうと思われる、青年が横槍を入れた。彼の中年に対しての口調は溌剌としていた。しかし、言葉の節々に胡乱うろんな光が見え隠れする。彼の奥底にある激烈なまでの劣等感の現れだろうか。いや、しかし、その何とも捉えることが困難と思わせる底深さが、彼の魅力でもあった。





 青年の言葉を受け、壮年の男性も言い返す。その様子を止めるでもなく中年の男は、穏やかに見守っていた。夢のようなひと時である。中年の男はそう感じていた。生まれた年代の違う人間が集まり、談論を行う。喧騒さを感じないと言えば嘘になるが、2人の言葉には相手への敬意が随所に感じられる。それがまた心地よいのである。






 「——小説家のお宝鑑定スペシャル。まず一つ目は、このお宝から。『あのお札にもなった小説家が恋人に宛てた手紙』です」テレビから快活な司会者の声と共に、3人が待ち侘びていた番組が始まった。「これは本物ですか?」青年が中年の男に向き直り聞いた。「いやこれは……見るからに偽物だろう。私が思うに文章がなってない」中年の男が答えるより先に、壮年の男が答えた。「そうだね、偽物で間違い無いね」中年の男も同調した。断りを先に入れておくと3人共、美術品や骨董品についての知識はてんでない。ただ今日はこうして「本物だ」「いいや、よく出来ている贋作だ」などと話すために集まったにすぎない。






 「こちら、大変よいものですね。もちろん本物でございます。流石文豪です。書いてある文字から哀愁と慕情が辛いほど伝わります。ぜひ家宝にしてください」テレビに映る鑑定人は、3人の意見とは反対の鑑定結果を依頼人に伝えた。その結果を見て、3人は暫く誰も声を発することができなかった。そして、中年の男が急に笑い出した。






 「どうだね?存外外すものだろ?本人だと贋作であるとすぐにわかるの物を、自信たっぷりな鑑定人が本物だと言い切るんだろ。そしてその講釈が随分と突飛で愉快なんだ。君達にも是非堪能してほしいから今日の『小説家のお宝鑑定スペシャル』が流れる今日集まってもらった。君達の贋作もきっと出てくるぞ」天国でテレビが映るようになって、暫くするがこの様な楽しみ方ができる人間は、彼らの様な雲の上の存在と言われた一握りの人間だけである。



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