【対談】気鋭の作家が憧れの作家とホラーを語らう 梨×三津田信三
梨さん『ここにひとつの□がある』発売を記念し、特別公開!
Webライターを経て2022年に『かわいそ笑』で作家デビュー、様々な媒体でホラーコンテンツを手掛けている梨さん。そんな梨さんが活字ホラーにおいて大きな影響を受けたのが、メタフィクション的な手法を作品に取り入れ人気を博す三津田信三さんだ。
二人が触れてきたホラーコンテンツ、昨今のモキュメンタリーブーム、民俗学ホラーなどについて語り合ってもらった。
※本記事はダ・ヴィンチ2024年8月号より転載
取材・文:朝宮運河
■ ― 本日の対談は、梨さんが熱烈な三津田さんのファンということで実現しました。
梨:はい、編集部から「誰か会いたい作家さんはいますか」と尋ねられたので、迷わず三津田さんのお名前をあげさせていただきました。ずっと愛読してきたので、今日はお会いできて嬉しいです。
三津田:ありがとうございます。梨さんは相当なホラー好きらしいですが、ホラーの原体験はどのあたりになりますか。
梨:はい。自己紹介がてらホラーとの関わりを少しお話ししますと、わたしは小学校低学年の頃からインターネット、特に2ちゃんねるなどの匿名掲示板に入り浸っていて、有名な「洒落怖」などのスレッドの怪談を読みあさっているような子どもでした。トイレの花子さんを知る前に、「きさらぎ駅」や「くねくね」(ともに有名なネット怪談)に触れていたので怪談といえばネットの匿名怪談というイメージだったんです。
三津田:梨さんの世代は生まれた時からネット環境が当たり前にあったので、我々の世代とはだいぶ感覚が違いますね。活字を読み出したのはいつ頃から?
梨:中学生くらいで小説の面白さにも気づきました。ホラーを中心に純文学、詩歌どを好んで読んでいたのですが、その流れで出会ったのが三津田さんの作品だったんです。三津田さんはネット上でもすごく人気が高くて、失礼ながら最初のイメージは「タイムラインでよくお名前を見る人」でした(笑)。『怪談のテープ起こし』とか、『わざと忌み家を建てて棲む』とかどれも怖くて衝撃を受けました。一番思い入れがあるのは、『逢魔宿り』という短編集です。わたし以外にも、三津田さんの影響を受けているホラー関係者はたくさんいると思います。
三津田:最近は芦花公園さんとか梨さんとか、若い作家の方からそう言っていただくことが多くて、なんだか不思議な気がします。自分としてはずっと片隅で細々とやってきたつもりだったから(笑)。実は阿澄思惟さんからお手紙をいただいたこともあって。
梨:ネットで発表されたモキュメンタリーホラー『忌録: document X』の作者さんですね。正体不明で、三津田さんの変名ではないかという噂も流れました(笑)。
三津田:そう、その件について「ご不快な思いをさせてしまってすみません」と丁寧に綴られていたので、「まったく構いません。そうやって勘違いされるのもメタ的で面白いじゃないですか」とお返事しました。ネットの世界で拙作が評価されるのは不思議だっけど、考えてみると意外に共通点が多いのかもしれない。
梨:三津田さんの小説は大抵、三津田さん本人が語り手を務めて、現実に存在する本や雑誌がたくさん出てきますよね。その現実との地続き感が新鮮で、当時はモキュメンタリーとかメタフィクションという言葉も知りませんでしたが、小説でこんなことができるのかと驚いたんです。
三津田:メタな仕掛けはデビュー作の『ホラー作家の棲む家』(文庫は『忌館』と改題)からやっていました。無名の新人のデビュー作で、ホラーでメタ。これはどう考えても売れるわけがない(笑)。しかもよせばいいのに、同じ路線でホラー、ミステリー、怪談と3つのジャンルをテーマに3部作まで書いてしまった。さすがにマニアックすぎると危機感を抱いて、プロを目指して書いたのが「刀城言耶」シリーズでした。
梨:三津田さんは売れないとおっしゃいましたけど、ファンとしてはその仕掛けの部分がたまらないんです。デビュー作からメタな仕掛けにこだわっていたのはどうしてですか。
三津田:その理由は単純で、小説に作家や書籍の名前が出てきても、著者の創作ですから当然ながら実在しない。それが読者として大いに不満でした。実在するもので創作ができないか、と思ったわけです。そこで「作家3部作」では自分が編集者時代に作った本をそのまま登場させました。すると面白いもので、信じる人が出てくる。驚いたのは実家の父親に「お前、まだあの家(作中に登場する人形荘)に住んでいるのか」と言われたこと(笑)。『ホラー作家の棲む家』に書いた出来事、そのまま事実だと受け止めていたわけです。
梨:あえて欺される楽しさみたいなところもあると思います。8割方フィクションだと分かっていても、頭のどこかで「もしかして本当なんじゃないか」と思うのが楽しいんです。
三津田:拙作の短編では大抵、作家の三津田信三が出てきて、こんな話を聞いた、こんな体験をした、と導入部で語ります。読者も信じてはいないだろうけど、それでも一瞬、実際どこかで取材した話なんじゃないか、という考えが過るみたいです。そう聞くと、やっぱり嬉しいから止められない(笑)。
■ ― 実話を装ったフィクション、いわゆるモキュメンタリーは梨さんもお得意の手法ですよね。
梨:フェイクをリアルに見せる手法はそれこそ三津田さんをはじめ、先例がたくさんあります。現在のモキュメンタリーブームは、“モキュメンタリー”という言葉のブームにすぎないんじゃないのかなと個人的には思っています。ああいうものをモキュメンタリーと呼ぶんだ、という認識が広まったのがこの1、2年の流れじゃないでしょうか。
三津田:モキュメンタリーが流行るのは悪くないんですが、果たしてそれがホラー小説にまで波及しているのか、という疑問があります。今モキュメンタリーを好んでいる若い人たちと、ホラー小説の読者層はあまり重なっていないと思います。向こうからこっちに来てくれたら一番いいのですが、なかなかそれも難しい気がします。
梨:モキュメンタリーはジャンルではなく手法なので、繰り返されると衝撃度が薄れてきます。これから先、モキュメンタリーがどう変化していくかは注視していきたいですし、自分も新しいやり方を模索せねばと思っています。
■ ― 閉鎖的な村に伝わる因習、身近に存在するタブーなど、民俗学的なモチーフを好んで取り上げるのもお二人の共通点だと思います。
三津田:さっき言ったような経緯で、「刀城言耶」シリーズを書き始めたのですが、狙いはホラーとミステリーを5対5の比率で融合させること。それをシリーズものでやっている作家は他にいなかったので、強みになると思いました。さらに読者にアピールするために、日本人が大好きな横溝正史の世界を取り入れることにしました。正確には横溝と民俗学はあまり関係ないんだけど、怪しげな風習が残る村の話はもともと好きですし、資料も集めていましたから。その狙いが当たって、今日まで作家をやれているわけです。
梨:わたしもそのあたりのモチーフが好きで、三津田さんが書かれるような怪しい村や山の話は大好物です。
三津田:そのあたりの趣味はどこにルーツがあるんですか。
梨:九州の古い信仰が残る土地で生まれ育ったというのと、あとはやっぱりネットですね。ネット怪談の全盛期には「八尺様」とか「パンドラ」「コトリバコ」といった、民俗学モチーフを使った作品が生まれているんです。それらを読んで民俗学ホラーに目覚めた人は多かったと思います。
三津田:じゃあ若い人に民俗学ホラーが人気なのは、ネットの影響が大きいんですか。全然知らなかった。その作者というのは匿名で誰か分からないわけですよね。
梨:そうです。でも相当文章力や構成力のある人々でしたから、ひょっとしたら名のある書き手になっているかもしれません。
■ ― 今回、三津田さんは梨さんの作品をお読みになって、どんな感想をお持ちになりましたか。
三津田:怪文書を集めた『その怪文書を読みましたか』はなんとも気味が悪く、読んでいるとこちらまでおかしくなりそうでした。あの怪文書は全部ご自分で作っておられる?
梨:そうです。めちゃくちゃ手間がかかりましたし、印刷会社さんにもご迷惑をかけました。単著デビュー作の『かわいそ笑』の頃からそうなんですが、本を出せるのがこれで最後かもしれないと思って、つい仕掛けを盛りこみすぎてしまうんですよ。『自由慄』という作品でも、本文を2色にしたり、かなり好き放題やってデザイナーさんに迷惑をかけています。
三津田:『自由慄』には若々しい感性を感じました。10代、20代の人たちの叫びが描かれていて、これに共感する読者は多いんじゃないでしょうか。『自由慄』を読んで思いましたが、梨さんは幻想派ですね。ホラーは「怪奇と幻想」とも呼ばれますが、僕は明らかに怪奇派なんだけど、梨さんの作品からは幻想性を強く感じます。
梨:ありがとうございます。幻想文学的なものも好きで、そう言っていただけると嬉しいです。
三津田:『自由慄』には短い詩のような文章がたくさん収められていますが、イメージが鮮烈ですよね。〈人体構造では再現不可能なのにも拘わらず、中部地方で古くから伝わっている数え歌〉や〈「木を隠すなら森の中」の理論に基づいた千本鳥居〉あたりは、魅力的な謎になりそうだと感じました。梨さんにはミステリーのセンスがありますよ。ミステリーはあまりお読みではない?
梨:アガサ・クリスティとか有名なものは読んでいますが、三津田さんに比べると浅瀬で泳いでいるようなレベルです。
三津田:ぜひ書いてほしいです。僕が一番関心を持っているのは、梨さんが小説の側に来てくれるのかどうかということ。たとえば芦花公園さんはデビュー作の『ほねがらみ』こそモキュメンタリー風でしたけど、その後は純然たる創作を書かれています。しかもどれもリーダビリティが高くて、すごく面白い。
梨:芦花公園さんは文章を書く地力が、そもそもある方だなという気がします。
三津田:僕としては「梨さんもこっちにおいで」と誘いたい。梨さんがホラー小説を書いてくれたら、若い読者も小説の面白さに気づくと思います。こっちにおいでよ(笑)。
梨:わたしは小説を書こうとしても、つい何かしらギミックを考えてしまうんですよ。ギミックを考える方が、モチベーションとして強いのかもしれません。
三津田:それは梨さんの個性だし、別に悪いことではない。編集者に止められてもついやってしまうのが、作家の性というものです。ただ小説に必要なのは目新しいアイデア以上に、雰囲気だと思います。雰囲気って文体とシチュエーションの産物と言えます。ホラーだと不安を感じさせるようなシチュエーションを積み重ねて、読者の興味を惹きつけ。岡本綺堂はご存じですよね。
梨:はい。『青蛙堂鬼談』を書いた怪談の名手ですよね。
三津田:綺堂は短編が有名だけど、長編もめちゃくちゃ読ませます。雰囲気作りがとにかく上手くて、小さな謎や不安で読者をぐいぐい引っ張っていく。あの感じを会得できたら、何を書いても読者はついてきてくれます。プロの作家に必要なのはこのテクニックなんですね。
梨:わたしがそうなるには何段階も進化しないといけないですが(笑)、綺堂目指してがんばります。今日は貴重なお話をありがとうございました。
三津田:ぜひこれからのホラー小説を盛り上げていってください。ご活躍を期待しています。