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【インタビュー】生理というデリケートなテーマをどう扱うか、本当に悩みました。時代小説『月花美人』刊行記念 著者・滝沢志郎インタビュー

選考委員の圧倒的支持を受け、2017年に松本清張賞を受賞しデビューした滝沢志郎さんの最新小説『月花美人』が7月26日に刊行された。本作は江戸時代、武士が「生理用品」開発に挑むという斬新なあらすじ。歴史時代小説の新鋭が本作に込めた思いとは? 滝沢さんにお話を伺った。


『月花美人』滝沢志郎インタビュー

――本作は江戸時代、武士と商人と女医者が生理用品開発を通じ、当時の「月経禁忌」に立ち向かう物語です。本作のテーマやストーリーの着想は、どんなところから得られましたか?

 デビュー作『明治乙女物語』の取材がきっかけです。明治時代の全寮制の女子校が舞台なので、朝起きてから夜寝るまでの生活、たとえば食事や歯磨きやトイレをどうしていたのかなどを調べる必要があり、生理についても調べたんです。そのために田中ひかる先生の『生理用品の社会史』を読んで、日本では生理用品がほとんど発展しなかったことを知りました。日清戦争後に脱脂綿が普及するまでは、ずっとボロ布や古紙など、ありあわせのもので処置してきたようです。生理の処置に特化した商品、つまり「生理用品」がそもそもなかったということだと思います。戦前に「ビクトリヤ月経帯」という生理用品が販売されているんですが、誰もが使うほどには普及していなかったようです。
 そこに劇的な変化をもたらしたのが、1961年のアンネナプキンの発売です。アンネナプキンは製品そのものが優れていただけでなく、華やかな広告を打つことで、それまで隠すべきものとされてきた生理のイメージを一変させました。歴史的な商品と言っていいと思います。
 アンネナプキンは大ヒットしましたが、これは月経をタブー視する風潮が薄れ、社会の側に受け入れる素地がある程度できていたからこそだったとも思うんです。これがもっと月経禁忌の強い時代ならばどうなっていたか、というところから、江戸時代に生理用品を開発する人々の物語を着想しました。

――「生理用品」をテーマにするうえで、男性である侍・鞘音を主人公に据えた理由を教えてください。

 単純に自分が男性だから、というのがひとつめの理由です。自分自身も生理についてきちんとした知識はありませんでした。だからこそ、鞘音が生理について学んでいく過程を、リアリティを持って描けると思ったんです。自分に生理があれば、女医者の虎峰を主人公にしたかもしれません。
 もうひとつの理由は、男性の生きづらさを描けると思ったからです。武士というのは面子の化け物。恥辱を受けたら命をかけても恥を雪がなければならないという規範の中で生きています。これは今日よく言われる、「有害な男らしさ(Toxic Masculinity)」に通じるんじゃないかと私は思っているんです。「有害な男らしさ」とは、「男はかくあるべし」という、他人だけでなく自分自身も苦しめるほど偏った規範意識です。鞘音が武士の規範から外れ、「有害な男らしさ」を手放していくことで、どう変わっていくのか。私自身もそれを見てみたいと思いました。

――男性の生きづらさを描く一方で、女医者・佐倉虎峰が、女性が学問の道に進むことの難しさを語るシーンもありますね。

 学問をする女性への偏見は、かなり根強いものがあると思います。『明治乙女物語』の取材中、明治時代の雑誌に載っている女性論を読んだのですが、「高学歴の女性を妻にすると、従順さに欠けるから家庭が円満にならない」なんてことが書いてあるんです。似たようなことを言う人は今でもいますよね。法や制度は改善されても、人の意識が追いついていないのだと思います。『月花美人』では女性医師の歴史も少し意識しているんですが、数年前、医学部の入試で女性受験者への差別があったことが発覚しましたよね。そんなことがいまだにまかり通っていたのかと、唖然としました。
 朝ドラの『虎に翼』でも描かれていましたが、女性に教育の道が開かれた背景には、既存の権威が自分たちに都合の良い女性を育てようとした側面もあります。簡単に比較してよいものかどうかわかりませんが、帝国主義の時代には、宗主国が自分たちに都合の良い「植民地エリート」を育てるため、植民地の教育制度を充実させました。それと通じるものがあるのかもしれません。とはいえ、学問や教育の面白いところは、必ずしも都合のいい人材が育つとはかぎらないことで、インドのガンディーのように、植民地エリートから独立運動の指導者が現れることもよくあります。女性の社会進出の道を切り拓いてきた人たちも同様だったのではないでしょうか。

――本作を執筆する上で一番苦労されたことを教えてください。

 生理というデリケートなテーマをどう扱うか、という点ですね。これは本当に悩みました。
 男性である自分が書いてよいのかという悩みも当然ありましたが、それ以上に、自分の作風で書いてよいのかという迷いがありました。というのは、私の作風は、歴史時代小説としてはコメディの要素がやや多めだと思うんです。それだけでふざけていると受け取られることもあります。生理や差別を笑いものにしている場面はもちろんひとつもないつもりですが、自分の作風はこういったデリケートなテーマを扱うには向いていないかもしれないと思ったんです。面白いという自信はあるんですよ。でも、不快に思う人が多いならやめたほうがいいのかな、と。でも、KADOKAWAさんの女性編集者に作品を持ち込んだら、絶賛してくださって。やっぱりこの作品を世に問いたいと思いました。

――時代劇として、ライバルである藩の剣術指南役・眞家蓮次郎との決闘シーンは手に汗を握りました。時代劇は昔から好きなのでしょうか?

 子供の頃は「必殺仕事人」ごっこをよくやっていました。糸をピーンと弾いて「ガクッ」とやったり、紐の先に鈴を付けて投げたり。そういえば、切り花を見るといまだに「花屋の政」の真似をしたくなりますね。花屋の政さんと組紐屋の竜さんのコンビが好きだったんです。
 ただ、時代劇が特別好きだったかどうかはわかりません。私が子供の頃には時代劇が毎日のようにゴールデンタイムに放送されていましたから、自然と観ていました。やはりチャンバラは時代劇の華という意識が刷り込まれているので、最後はチャンバラで締めないと納まりが悪いように感じてしまいますね。
 忠臣蔵は大好きでした。小学生の頃、里見浩太朗主演の年末時代劇スペシャル『忠臣蔵』を観て、すごくハマったんです。殿中で刀を抜いたら切腹とか、吉良方の侍が陣太鼓の打ち方だけで敵が大石と気付くとか、約束事を敵も味方も共有している感じが面白くて。討ち入り衣装もカッコイイと思いました。
 前作『雪血風花』では忠臣蔵を書かせていただいたんですが、やはりさきほど申し上げたような「武士道」への疑問があったので、浅野も吉良も浪士たちも、「武士道という呪いの犠牲者」という描き方になったと思います。

――最後に、本作の一番の見所を教えてください。どのような人に読んでほしいですか?

 生理用品の開発、藩との軋轢、「剣鬼」鞘音の活劇など、見所はたくさんあるんですが、やはり、何よりも人間ドラマを見てほしいですね。鞘音と養女である若葉との父娘の絆、幼馴染の紙問屋・壮介との友情、虎峰との微妙な関係、蓮次郎から鞘音へのこじらせた感情など。どの登場人物もそれぞれに抱えているものがあり、物語の中でそれが明らかになっていきます。ですので、始めと終わりとで登場人物たちの印象が変わっていると思うんです。
 じつは、この物語にはいわゆる「悪者」は一人も出てきません。それなのに、なぜ生理用品ひとつのためにこれほど事態がこじれてしまうのか。それはやはり、主人公たちの前に立ちはだかったのが、「時代」という怪物だったからだと思います。それに立ち向かった主人公たちの挑戦がどのような結末を迎えるのか、見届けてほしいですね。
 どんな人に読んでもらいたいかと言えば、時代小説が好きな人はもちろんですが、普段あまり時代小説を読まない人にも手に取ってもらえたらいいなと思います。読んで、身近な人と話し合ってみてもらえたら嬉しいですね。じつは私も、母と少しだけ話をしました。母はアンネナプキンが発売された頃に少女期を過ごした世代で、初めは生理の処置にティッシュで包んだ脱脂綿を使っていたそうなんです。それがアンネナプキンに変わっていかに快適になったか、力説されました。思いがけず、貴重な「時代の証言」を得られましたね(笑)


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書誌情報

書名:月花美人
著者:滝沢志郎
発売日:2024年07月26日
ISBNコード:9784041148648
定価:2,145円(本体1,950円+税)
総ページ数:320ページ
体裁:四六判 変形
発行:KADOKAWA

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