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自分の動かし方を知る

新年ということで、挫折の原因である目標を設定した人も多いことでしょう。

あけましておめでとうございます。大阪人です。
昨夜は夜更かししてエヴエヴを観ました。

さて、新年の目標は99%達成されないことで有名ですが、どうしてなんでしょう?理由、聞いたことありますか?

一番の理由は、大して目標達成に興味もない人が周りにつられて、年始の暇つぶしイベントのひとつとして目標設定を行うことです。そもそも達成される可能性が低いわけですね。これが99%のうちの98%を占めます。そもそも本気で達成しようと思ってないので、遊びなんです。

じゃあ残り1%はどうか?
残り1%は、燃えるような意思で目標設定したにも関わらず、達成できないというパターンです。この原因は、1つではありません。目標設定のやり方に問題があるケースもあれば、実行する段階に問題があることもあります。

今日は、実行する段階、すなわち「どうしてやろうと決めたことが実行できないのか」について書こうと思います。

お正月らしい、いい記事ですね。
でも僕の性格なので、とっちらかって終わると思います。常に思いつくままに書いてますからね。

さて、どうしてやると決めたことが実行できないのか。別に超高難易度のタスクを設定したわけじゃないですよね?英語のテキストを毎日5ページやるとか、そんな程度ですよね。なのに実行できずに終わりますよね?

この部分にもメスを入れる余地はあるのですが、「本を5ページ読む」でさえ負担に感じる人は、もっとタスクを小さくするところから始めてください。これについては、過去に参考になる記事を書いているので、そちらで。

これもなかなかええこと書いてると思うねんけどな~。いいね少ないな。まるで僕の人生に対する評価みたいでおもろいな。

さてさて、今日は実行段階の中でも、さらにモチベーション的なところについて書いていきたいと思います。上の「英単語の覚え方」の中でも書いている通り、僕は行動するのにモチベーションは不要だと思っています。

……う~ん、思っていました。って表現したほうが正確かな?

というのは、僕はモチベーションなしでも行動できるタイプの人間だと思っていたのですが、最近ではそうではないと感じています。僕にはやはりモチベーションが存在します。でもそれは、あまのじゃく的に発動するモチベーションで、僕は無自覚にこれをコントロールできていただけだったのです。

まぁよく考えてみたら、モチベーションが「まったく」なくても行動できるのは原理的におかしいですからね。「なんで行動したんですか?」って質問したら、「さぁ。。私にもわかりません。」って返ってくるのでしょうか?それはもうホラーでしょう。
※無限に反復練習された習慣化された動作を除く。たとえばドアノブを回すときにモチベーションは不要。

今回の記事のポイントはこの部分です。目標達成に相応しい行動がとれないのは、自分のモチベーションが湧く仕組みに無自覚だからではないか?ってことです。

ここからは、僕のモチベーションの仕組みを紹介することで、みなさん自身のモチベーションを自覚する手助けができればなと考えています。

まず僕のモチベーションの根底にあるのは、「独自性が重要、他とは違う自分カッケー!、あまのじゃくな自分最高!」です。

なので、僕の場合、「こちらの機種が一番人気です」と言われると絶対買いません。「みんなと同じものを選ぶなんてダサい。」と思ってしまうからです。僕は、そういう価値観です。みなさんの価値観はどうでしょう?

資格を取る場合も、「この資格を取ると転職に有利ですよ」と言われるとイマひとつピンと来ません。それよりも、「この資格の受験者数、5年連続でゼロらしいですよ。」と言われると、めっちゃ受けたくなります。「そうか、過去5年で俺だけか。頼むから今年もオンリーワンであってくれよ。」と、やる気がみなぎってきます。

さらに僕は「周りはできないけど俺はできた」っていう状況を、めちゃくちゃカッコいいと感じてしまう人間なので、さっきの資格で言うと、「この資格、受講者は少ないし、役に立つっていう話聞いたことないんですよね。僕もイマイチ使い方がわからないんです。」って言われると「ほな俺がどうやったら使えるか、その方法を編み出したるわ。」っていう謎のモチベーションが湧いてきます。

うんうん。書きながら思い出しました。僕は手帳に好きな言葉を書き貯めているのですが、その中に「人生ネタ作り」という言葉があります。ネタって他の人と同じでは生まれないですからね。他の人と違うことをするからネタになるんです。「人生ネタ作り」を書き留めたいと感じたのは、僕が他と違う生き方をすることに価値を感じるからでしょう。

ここ注意したいのは、「本当に他と違う生き方をしているかどうか調べなくてもいい」ってことです。僕の場合は。自分が「こっちの方がやる人少なそうやな。」って感じる行動をとれていれば問題ありません。実際には意外に多くの人がその選択をしていたとしてもOKです。僕は、「自分がどう感じるか」を基準に判断しているようです。逆に、客観的事実が必要な人もいるかもしれませんね。「実際に少ないことを確認しないとモチベーションが湧かない」というタイプ。こういう人は、データを集める必要があります。大切なのは、自分を知ることです。僕のやり方を真似することではありません。この記事で言いたいのは、僕は僕のやり方を(無自覚に)理解していたから自分を動かすのが上手かったという話です。「僕のやり方が正しいやり方ですよ。」なんて一言も言っていないので、誤解なきように。

だから、ダイエットでも僕はこんな感じです。たとえば「お菓子を全部捨てる」「お菓子を棚の奥深くにしまい、簡単に取り出せないようにする」というテクニックがありますよね?取るまでの難易度を上げることによって、めんどくさくなり、お菓子を食べなくなるというわけです。

僕は、お菓子が目の前にあっても余裕で我慢できます。今これを書いている最中も、我慢できる俺カッケー!って思いながら書いています。そういうことです。「ふつうの人は誘惑に負けるらしいから、棚の奥にしまうっていう工夫をするらしいぜ。」っていう情報が入ってきたら、「意思の弱い奴らはかわいそうだな。俺は目の前にあっても全然食べたくならないぜ。」っていうのがモチベーションになるのです。

俺カッケー!の瞬間

前出の「英単語の覚え方」の最後のほうで書きましたが、僕は成績で「学年1位」になってから、勉強へのモチベーションがどんどん湧いてきました。ライバルと競い合っている最中ではなく、勝ってからのほうがさらに湧いてきたのです。

これはなぜかというと、「ライバルに僅差で勝利」には全然魅力を感じないけど、「あいつはもはや別次元」にはめちゃくちゃ魅力を感じるからです。「あいつ、ふつうじゃないぜ。」「頭おかしいぜ。」みたいなのがかっこよくでしょうがないのです。

そういう意味で、僕は「科学的なメソッドを活用してダイエットに成功」には全然魅力を感じないんです。「お菓子に囲まれた家でダイエットに成功」のほうが魅力的です。普通の人にはできないからです。これができたら俺カッケー!ってなるからです。ネタになるのも後者ですよね。

なので僕は、基本的には科学的に正しいメソッドとかはまったくやる気が起きません。僕は険しい道のほうが好きなんです。

以前、まったく別の目的で書いた記事の中に、早稲田を受験するのに早稲田の赤本をやったことがないという記事を書きました。その記事は「計画が苦手」だということを披露するだけの自己満記事なのですが、もしかするとこれも根底にこの価値観があったのかもしれません。つまり、「対策して受かるよりも、対策せずに受かった方がカッコいい」という価値観が。

ここからは、「僕が英単語を覚えるとしたら?」という話をしていきます。僕とは違う価値観の人は、自分だったらどうするか?と想像しながら読んでください。

例えば、これから1ヶ月で単語帳を1冊全部覚えなきゃいけないとします。ページ数は200ページ。1日7ページくらいやらないと間に合いません。結構厳しいですよね?

このシチュエーションだったら、僕はまず目標を1冊から2冊に変更します。なぜなら、ふつうの人はそんなことしないからです。ここが最重要ポイントです。自分はどんなシチュエーションのときに「やろう」と思えるのか、それを知らないまま、他人のモチベーションアップ法や挫折しない計画術を真似しても実行できない可能性があります。

それは他人が上手くいった方法であって、あなたが上手くいく方法ではありません。これは、科科学的に実証された方法についても言えます。科学的に正しい方法は、必ずしも全員に当てはまるわけではありません。科学的に正しい方法に従っていれば必ず行動できるほど、人間は単純ではありません。

今、心理学や行動経済学の世界では、科学的に実証されていたはずの方法がどんどん覆っています。マシュマロテスト、パワーポーズ、意志力の消耗など。人はストレスそのものよりも、「ストレスは体に悪い」と信じることによって亡くなっているというTEDの講演もありましたね。意志力についても最近では同様の結果が出つつあって、「意志力は使えば使うほど減ると思っている人の意志力は使うほど減少するが、使っても減らないと思っている人の意志力はいくら使っても減少しない」という、面白い展開になっています。

僕はというと、実は意志力の減少ってそんなに感じたことないんですね。なんせ、「そろそろみんな疲れるんだろうけど、まだまだ頑張れる俺カッケー!」というシチュエーションに魅力を感じるので、「意志力って使うほど減るらしいよ」という情報は、僕の大好物なわけです。「え、ってことは、俺が意志力をいくら使っても減らないキャラだったらカッコ良くない?」となり、本当に減ってるかどうかはどうでもよくて、「いや~、俺全然減らないんだよね。」って言い続けることがカッコいいわけです。中二病ですね。

はい。また脱線しました。

僕はそんな感じで、「普通の人ならやらないチャレンジ」をします。これによって、モチベーションが保たれるからです。これが「1日7ページずつ」とかだと、途中でやめると思います。みんなが立てそうな計画だからです。これは僕の中ではかなり重要なポイントで、みんなと同じだったら、たとえ順調でも続かないんです。良くない結果を生むことはわかっているのですが、途中で降りてしまうんです。

このあたりは発想の転換が求められるところです。モチベーションがわきそうもないシチュエーションに陥ったときに、どうやって継続するか?たとえば、10人中5位の成績で終わりそうな見通しが立ってしまうと、僕はもうダメなんですね。「5位も10位も一緒や」ってなもんで、辞めちゃうんですよ。実は競争心にも全然興味がないので、5位から1位に返り咲くドラマとかにもあまり興味をひかれません。僕が興味があるのは、「他人とは全然違う」とか「別次元」とかそういう要素なので、「1位になりたい」じゃないんですよ。「2位と大差をつけて1位」とか「歴代最高得点」とか、そういうのが好きなんですね。なんなら、「最下位」でもいいんですよ。「試験始まって以来初めての0点」でもいいんです。そっちにも惹かれてしまうんです。ますます中二病ですね。

では、そんなとき、どうやってモチベーションを復活させるのかというと、まったく評価されないことをセットでやることでモチベーションを保ちます。たとえば、「英語で日記を書く」とか。英語で日記を書く課題なんて出てないし、評価もされないっていうシチュエーションだったら、「誰にも言われてないことに取り組む俺カッケー!」が発動するので、これを利用します。こうすることで、「お前らは効率よく勉強して上位を取ったんだろ?俺は茨の道を歩んで5位だぜ。こっちのほうがカッコよくない?」となります。

総括すると、やるべきことを実行するためには、いかに自分にとって魅力のあるタスクにデザインするかがポイントです。

僕とは逆で、効率的に勉強したい人もいるでしょう。これは僕の偏見ですが、効率的に勉強したい人って、あんまりうまくいってないですよね。

これは、途中の挫折ポイントがめちゃくちゃ多いからだと思います。だって、勉強中に非効率な状況に陥ることって日常茶飯事ですからね。

覚えたはずのことが覚えられていない→予定にない復習を追加する→進捗が遅れる→効率が悪くなる

みたいな。これに関しては、価値観以前の問題で(もしくは価値観のせいで)、認知が歪んでいるので、そこから正さないと難しいかもしれません。

つまり、現実にはありもしない、実現不可能な効率を「実現可能」だと思ってやってるから苦しいんじゃないかしら?

効率の方向性をちょっと修正したほうがいいかもしれないですね。「無駄なことはせず、最短距離で目標を達成したい」価値観だと思ったら、「それはなぜか?」と5回くらい自問自答してみましょう。効率重視の人はそんな無駄なことやりたくないと思いますが。

効率的に生きたい人って、「どうせ同じ目標を達成するなら、そのプロセスにかけた労力が少なければ少ないほど価値がある」ってことですよね?

この場合は、比較対象を工夫するのがいいかもしれないですね。たとえば覚えたはずの単語を忘れたときに、「また無駄なことを!」ってイライラしちゃうのって、中二病だからですよね?

つまり、神の記憶力を持つ架空の自分と比較して、非効率だって感じてるわけです。

……それって全然地に足がついてないじゃないですか。ありもしないものと自分を比較してイライラしたり挫折したりする人生って、めちゃくちゃ非効率ですよね。効率的に生きたいという価値観が非効率的なライフスタイルを生んでいるという意味では、サーキュラーな問題構造になっているので、ループから抜け出す必要がありそうです。どうやったら抜け出せるかは知らんけど。

とまぁ、こんなところで新年一発目を締めたいと思います。

どうぞよしなに。

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