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娘が生まれた夏/宇宙RIRAさんの企画参加

男三人兄弟のむさ苦しい家庭に育ったので、娘が欲しいと思っていた。

そして、名前には夏の字を入れたかった。夏子、夏美、千夏等。
「いまの君はピカピカに光って」「夏のお嬢さん」「め組のひと」「ふたりのアイランド」、夏の女性はひときわ元気で快活なイメージがあったからだ。
夏を名前に入れるためには、普通は夏生まれである必要があるだろう。狙ったわけでもないのだが、8月が予定日だと妻から告げられた。当然、この時点では男か女かはわかっていない。

カナダで出産するのは、以前から二人で決めてあったことだ。理由は、国籍を二重にするため。日本では両親の国籍で子供の国籍が決まるが、カナダは出生地主義を取っており、カナダで生まれれば国籍が取得できる。当時の日本はバブル崩壊後の傷跡が深かったうえに、北朝鮮からの威嚇等もあって社会情勢が不安定であった。子供が成人する20年後のことを考えると、リスクヘッジ幅を広めにとっておいた方がよさそうだと判断したからだ。

妊婦が飛行機に乗れるのは出産予定日2ヶ月前までだったと思う。当時学生だった妻の妹とともにバンクーバーへ旅立っていった。義妹をアルバイトのヘルパーとして雇ったかたちだ。産前産後で4ヶ月ほど私は一人暮らしになったのだがこれが辛かった。会社に行くのが最もしんどかった時期である。

当時プラント技術者だった私は、いわゆるブルーカラーのベテランたちを統括していく立場にあった。横柄であってはならないのは当然だが、若手だからとなめられても上手く進まない仕事だ。前年まで勤務していた関西の工場では、関西弁を武器に良好なコミュニケーションがとれていたのだが、新勤務地では逆に関西ノリが人間関係を難しくした。今ほどテレビ等で関西弁を耳にすることのなかった時代、こちらの発言が誤解されたり、逆にからかいの対象になったりで、コミュニケーションが上手くいかなかったのだ。軽いナーバスブレイクダウン状態にあった。

暑い夏だった。

妻は不在、仕事では日々悶々とする中、予定日より少し早く義妹から電話があった。女の子だったと。翌日妻からかかってきた電話越しに、娘の泣く声を聞いた。頭の中でカチッと音がなった。働くことの意義が変わった瞬間だ。これからは三人分の食い扶持を稼いでいかなければならない。仕事上のトラブルも乗り越えられる。

妻には話していなかった、夏のつく女の子の名前を告げた。

24年前の夏の話。


【企画概要】

ギリギリの宿題提出でした。

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