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異語り 167 独占欲

コトガタリ 167 ドクセンヨク

30代 女性

もう随分と前の話になる。
当時付き合っていた彼の家にお泊まりした時のこと。

夜中に話し声がして目が覚めた。
ぼそぼそと彼の声が聞こえる。

こんな時間に電話?

!!、もしかして浮気?!

一気に頭が冴え渡った。

すぐに問い正そうかと思ったが、「勘違いだ」と言い逃れされるかもと思い少し様子を伺うことにする。

「これはダメだよ、あげない」

「本当にダメだよ」

「聞こえるかなぁ? ねえ、やめた方がいいよ」

ぶつぶつと呟くような喋り方だがちょっと変だ。
いつもの彼の話し方とは違うような
なんとなくだけど、知らない人のような違和感を感じた。

そっと体を起こして彼の顔をのぞき込んでみる。

「ねえ、気づいてよお。おっきろぉ~」

彼の口が動き、彼の声が漏れる。
でも喋り方はどこか女っぽい。

ひょっとしてオネエ趣味?

「ねぇ、何の話をしてるの?」思い切って声をかけてみた。

「ああ、やったぁ気がついたぁ」

声は彼だが明らかに口調が女だ。
「何その喋り方。そっちが本性?」
「アハハ、違う違う。いやだ、でもそれも面白いかも」
軽快な返事が返ってくるが、彼自身は目を閉じたまま微動だにしない。
口だけが別の生き物のように元気よく動きまくる。

「あのね、あたしアキ。こいつが眠ってる間だけ口を借りておしゃべりしてんの」
アキはいよいよ遠慮がなくなり、普通の小声ぐらいのトーンで喋り始めた。
「ねーねー、ここあんたん家? こいつん家? しゃべれるけど見えないんだよね」
「彼の部屋です」
「来んの初めて?」
「いえ、……3回目ぐらいです」
「そっかぁ、そろそろかもねー。あのねえ、もう来ない方がいいよ」
「えっ?」
「そろそろ同棲しようとか言われてない? やめて、とっとと別れた方がいいよ」
「はぁ? なんで知らない奴にそんなこと言われなきゃならないの」
ちょっとムカついて強く言い返してしまった。
彼が眉間にしわを寄せ寝返りを打つ。



「あー、そんな怒んないでぇ、アキはあなたの味方だよ。こいつが起きると話もできなくなっちゃう」
さすがに今目を覚まされるのはまずい気がして口をつぐんだ。

「あのさあ、このままだとこいつに監禁されちゃうから」
「はぁ? そんなこと……」
言い返しかけて言葉に詰まった。

確かに彼は少し束縛癖がある。
まだ付き合いが浅いから愛情なんだと思っているが「あれ?」と思う時も確かにある。

「もう感じてるんじゃないのぉ? こいつやたらと行動チェックしてきたり、友達関係にも口うるさかったりするでしょう? やばいよぉ」

やたらと具体的な指摘に反論ができなくなってしまった。

アキはさらに具体的な彼のエピソードを語り続ける。

「ねえ、それってもしかして、……アキさんの話?」

ピタリとおしゃべりが止んだ。

そもそもアキはどうやって彼の口で話をしているのだろう?
なんで私にこんなことを話すのだろう?

沈黙の間、色んな思いが駆け巡った。

「あたしのこと疑ってるよね?」
「……うん、少し」
「だよねぇ、めちゃくちゃ怪しいもんねぇ」

再びの沈黙
何か話そうかと口を開きかけた時
「あのさ、こいつのクローゼット見たことある?」
「それは……まだないです」
彼は潔癖なのか、部屋の物を勝手に触ることをひどく嫌がった。

「この寝室にクローゼットがあるでしょ? その右側の奥の壁に金属のフックがついてるの。そのフックの真下の隅っこにメッセージがあるからさぁ」

「……今、覗いてきても大丈夫でしょうか?」
「うん、多分大丈夫そう」

アキに促され、私はクローゼットの中へ潜り込んだ。

アキの言う右の方にだけやたらと物が積み上げられている。
物音を立てないようにそっとそれらをずらしていくと、言われていた通り金属のフックがあった。
フックの下をスマホで照らす。
ベニア板の壁。
そのほぼ床に近い部分が何か塗りつけたように黒っぽく汚れていた。
そして壁に引っ掻いたような筋がついている。

何が書いてあるのか? 首を左右に傾げながら顔を近づけた。

小さな文字のように見える、そしてその文字を誤魔化すように、その周りがバリバリと傷つけたようになっている。

「なにこれ、……えっと、……た・す・け・て」

びっくりと体が震えた。
もしかして周りの黒い筋は血だったりするのだろうか。

本当にもしかしてもしかするとアキはここで……



急いでアキの元に戻ると、そっと声をかけてみる
「ねぇ、まだいる?」
「おかえりぃ、見つかった?」
妙に明るい声で返され余計に気持ちが詰まる

「ねえ、私はどうすればいい?」
「逃げる一択でしょ」
「……あまり自信ない」
「そうだよねぇ、こいつ結構しつこいし。そうだなぁ、まず別れ話は絶対外で人でいる人がいるところでした方がいいよ」
「うん」
「あと何か外せない予定の前とかにした方がいい」
「うん」
「友人いるなら話とかしといた方がいいかも」
「うん」
「それとぉ」
「アキは」
「うん?」
「アキさんは何かしてほしいことはないの?」
「アハ、ありがとう。……あんたが無事にこいつから逃げきってくれればいいかなぁ。こいつはさあ……あたしのもんだから」

アキは楽しそうに笑うだけだ。

笑って ぷつりと静かになってしまった。



私はなるべく平静を装い、朝になってからいつものように過ごして彼の家を出た。

そこから少しずつ少しずつ距離を取り、味方を作り、1ヶ月ぐらいかけて別れ話にこぎつけた。

「そうか、……わかった」
意外とすんなりと別れることができ、ほっと胸をなでおろす。

ただこの頃の彼はなんだか落ち着きがなくなり、あまり寝れていないのか目の下にひどいクマを作っていた。
そして私の事を構っている場合ではないと言う雰囲気でやたらと上の空なことが多くなっていた。

「じゃあ、さようなら」
そう言って歩き出す。
すると後ろから
「じゃあねぇ、バイバーイ」
アキの声が聞こえた気がした。



その後しばらくしてから風の噂で彼が車道に飛び出し重体だと耳にした。
くわしいことは聞いていないが、きっとそういうことなんだと思った。

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