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異語り 085 うそつき

コトガタリ 085 ウソツキ

小学生の頃「うそつき」と言われていたクラスメイトがいた。

彼はとにかくよくしゃべる子だった。話題は当時流行っていたオカルトネタが多かったと思う。

「町内にいるノラ犬が鬼に喰われているのを見た」とか
「二丁目の赤い屋根の家に死神が住んでいる」とか
「オレのばあちゃんは自分の家の池のカエルに食べられた」とか
そんな話をしょっちゅうしていた。


小6のとき修学旅行の班が一緒になった。
近隣県への1泊2日バス移動の旅行。
途中2回ほど班での自由行動があるため、何度か予定を話し合う授業がある。

「1泊とか少ないよなぁ。1週間ぐらい泊まりに行きたいぜ」
「さすがに1週間は長いと思うよ。けど2・3泊ぐらいはしたいかもね」
「だよなあ、オレん家の近所でうるさい奴がいてさ、夜とかあんま寝れねえんだよ。やっと1日だけでもゆっくり寝られるし」
「あー、わかる。うちも近所に公園があるからさ、夜中まで花火してる人とか迷惑!」
「花火なら夏だけだろ、オレん家の奴は笑ってんだぞ」
「はぁ?」
「でっかい声でひとりで笑ってんの、ハッハッハッハッハッハッハッハッ、って」
相づちを打っていたみんなが声をかけるのはやめた。
「どこの悪者だよって話でさ」
彼はそれに気づくことなく喋り続ける。
「最初の頃は休みの日のまっ昼間とか、せいぜい夕方ぐらいだったのに、最近は夜中に大声で笑ってやがる。も~まじムカつくぜ」
みんなが半端な笑顔で彼がしゃべり終わるのを待ち、さっさと話題を変えた。

何も彼の話の全部が嘘だと思わない。
でもさすがに盛りすぎだよね!
みんなの感想とすればどんな所だろうか。

「嘘は良くない」と道徳では習ったけど、彼の嘘をいちいち指摘する人はいなかった。
人を傷つけるつもりの嘘ではないし、彼の話はとても面白かったから。
嘘だと知ってみんな話題として楽しんでいたんだと思う。

「うそつき」という呼び方も、彼に免疫のない人への説明に用いるためのもので、本人への侮蔑や蔑みの呼称ではなかった。


さて、その後も何度か差し込まれた笑い声の迷惑自慢(?)をスルーして、なんとか旅行当日を迎えた。

班は男女混合だが、ホテルの部屋は男子のみ。
他の班のメンツと合流し、和室に敷き詰められた六枚の布団に転がった。
無駄にテンションが上がった状態だったが、結構なハードスケジュールをこなした後なので意外と早く室内は静かになった。


夜中に目が覚めた。


笑い声が聞こえる。


暗い中、何かがガサガサと動く気配もする。


ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ


ちょっと甲高い男か女かわからないような声。


たまらず布団をかぶったまま声から遠ざかるように移動した。
「おい、起きたのか」すぐそばで小さな声が聞こえた。
隣の子も起きているらしい。
「なんだよこれ」
同じような格好の仲間に尋ねると後ろを指差された。


ハッハッハッハッハッハッハッハッハ


一番端で寝ている彼が寝ながら笑っていた。


目は閉じているが、わざとらしい程に胸を反らせ、ちょっと苦しげに見える姿で笑っていた。

「寝言か?」
「わからん」


彼は3分ほど笑いつづけると静かに寝息を立て始めた。

その後、再び笑い始めることはなかったが、自分は他の子らと一緒にだいぶ距離をとって固まって寝た。

翌朝は彼は少し青白い顔をしてとてもおとなしかった。班のみんなも彼を見守るばかりで声をかけることはなかった。

帰りのバスの中で隣の席だった子が「オレについてるのか?」「なんでここまで」とブツブツ呟いていたと言っていた。


それ以来、彼を「うそつき」と呼ぶ子はいなくなった。

「もしかしたら本当の話かもしれない」

そんな噂もきいたことがある。

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