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異語り 039 浄玻璃の鏡

コトガタリ 039 ジョウハリノカガミ

女子は占いが好きだ。
早ければ小学生の時から、たいがい高校の頃には、学校に占いの本や心理テストの本。
場合によっては自分のカードを持ち込んで友達を占う子もいる。

私の友人にも占いが得意で、よく当たる子がいた。
それほど活発なタイプではないのだが、男女問わず好かれるような、感じのいい子だった。
みんなからは、モナカと呼ばれていた。

モナカはタロットが得意だった。
自分愛用のカードを持ってきて、休み時間に机の上にそれを広げて友達を占っていた。
時には違うクラスや違う学年の子達まで彼女のもとを訪ねてくる。
行列ができる日もあるほど人気があった。

私も彼女の真似をしてタロットを少し覚えてみたが、到底彼女のようにはいかない。
カードの意味も覚えきれず、本を片手にもたもたしているから結果を知るまでにずいぶんと時間がかかる。
とても人前で披露できるレベルにはならなかった。

モナカが言うには
「カードはなくてもなんとなくわかるんだよね、波長を合わせると相手の強く思っていることが脳裏に浮かぶんだよ」
当たる理由はカードのおかげじゃなくて「見えてるだけ」らしい。
「本気で占って欲しい人って、そのことばかり考えてる人が多いからわかりやすいんだ」
とも言っていた。

高校生活最後の学園祭が近くなった頃。
我がクラスの出し物はモナカの占いをメインにした占い喫茶をやろうということになった。
モナカは渋い顔で何度も断っていたが、私を含め他にも何人かが占い師を務め、2時間ずつの交代制でという話でどうにかまとまった。

それでもモナカはブツブツと文句を言い続けていたが、自分も占わなくてはならなくなったため、あまり話を聞いてあげる時間はとれなかった。

当日の朝も「知らない人とか、大人は正直あんまり占いたくないんだよな」
とブツブツ言っている。
「学園祭には大人はあんまり来ないし、他校生も許可制だからそんなに来ないよ。後……保護者は占いには興味ないんじゃない?」
「だったらいいなぁ。でもやっぱり嫌だなぁ」
私の適当な慰めにうなづきつつも、ブツブツ言いっぱなしだった。

クラスでの占い師の数は全部で15人確保した。
3人ずつ1チームになって占い係、誘導係、休憩と順番に取ることになった。
占い内容も個人の自由だったので、タロット以外にもトランプや手相、コーヒー占いなどの変わり種もあり、賑やかな雰囲気になった。

モナカとは別のチームだったが係の順番が同じだったので、学園祭の1日をほぼ一緒に過ごす。

最初に休憩なので別のクラスを回り、早めの昼食をとる。
それから誘導係としてお客の行列を整理する。
一番混むのはやはり開始直後で、昼を過ぎると客足も落ち着いてきた。
そして最後に、占い師として、ブースに入った。

この頃になると校外からの客はほとんどいなく、顔見知りの同級生や後輩などがちらほらと列に並んでいるのが見えるくらいだ。

付け焼き刃の大アルカナカードのみの占いでも、お祭りという雰囲気のおかげか満足してもらうことができ、自分もホッと胸をなで下ろす。


終了時間が近づくにつれ列も途切れがちになり、誘導係が廊下で声を出す時間が増えた。

そんな中、フラリと他校の制服を着た女子が教室に入ってきた。
チラリと私達を見渡した後、彼女はモナカのブースの前にちょこんと腰を下ろした。
小声でボソボソと話している声がするが、会話の内容は聞き取れない。
しばらくしてカードを繰る音
「では、手をかざしてください」
いつものモナカの声が聞こえた。

その次の瞬間。
モナカの悲鳴と散らばったカードが私のブースの足元に流れ込んできた。

「どうしたの、大丈夫?」
教室内の皆が一斉にモナカのブースに注目している。
モナカは椅子から転げ落ち、顔を真っ青にして震えていた。

「どうしたの、なにがあったの?」
私の問いかけにもふるふると首を振るばかりで声すら出ない状況だった。
「すいません、お客様別のブースで占い直していただいてもよろしいでしょうか」
すぐに誘導係がお客の女子に声をかけた。
静かに椅子に座っていた女子は、声をかけられると微笑みをたたえたまま静かに立ち上がり、何も言わずに教室を出ていってしまった。

私はモナカをかかえ裏の控え室へ移動した。
もうほとんど客はいない、自分たちが抜けても問題はないだろう。
まだ言葉も発せずに震えている彼女を抱え、「保健室行ってくるから」と声をかけ教室を後にした。

あんなに嫌がっていたのに無理をさせてしまった。罪悪感に似た感情がぐるぐると回っている。

罪悪感に負け、保健の先生にモナカを託すと私はすぐに教室に逃げ帰ってしまた。
教室では片付けがはじまっていた。

モナカはその日、教室に帰ってくることはなかった。

それどころか学校にも来なくなり、そのまま自分のお部屋に閉じこもっているという。

学園祭から数ヶ月後
ニュースで「女子高生が母親と兄を包丁で刺した」と報道していた。

その直後、モナカから連絡がきた。
「あの子だよ、やっぱりあの子やったんだ。やっちゃったんだ」
私にはすぐ、学園祭の時の女子を思い出した。
テレビでは写真などは写らなかったが、モナカは「絶対にあの子だ」と声を震わせている。
「あの日何を見たの?」

本気で占って欲しい人はそのことばかり考えているからわかりやすい。

以前モナカが言っていた言葉を思い出す。

もしあの女子がずっと事件の計画を温めていたのだとしたら。
あの日、自分の考えた計画がうまくいくかを占って欲しくてきたのなら。
女子高生の頭はきっとこの事件の……母親と兄をどうするかって思いでいっぱいだっただろう。

モナカがわかるんだと言っていたのはどの辺りまでなのか?
それは他人には知りようもない。
ただあの日、口もきけなくなる程恐ろしいモノを見たというのは理解しているつもりだ。

あれ以来、モナカとは再会できていない。
風の噂では2年遅れで専門学校に入り、地元の会社で働いていると聞いた。


でも、会ったという人はいない。
同窓会名簿の彼女の欄には『連絡先・近況わかる方ご一報ください』とある。

あの日、逃げ出さずに付き添っていれば……

あの日の罪悪感よりもしつこい後悔が、ずっとぐるぐるしている。

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