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異語り 048 変化

コトガタリ 048 ヘンゲ

知人のYさんの話

甥っ子が通う小学校で事故があった。
林間学習でのオリエンテーリング中、一つの班の児童が行方不明になったのだ。
男女合わせて4人組の班。
林間学校はすぐに中止となり、他の児童たちは家に帰された。
先生方の半数はそのまま捜索に山に入り、数時間後には警察による捜索隊も山に入っていった。

子どもたちは雨具や水筒は装備していたが、食料は何も持っていない。
緊急連絡を受けて駆けつけた児童4人の保護者たちは「宿泊施設で待機を」と言われたが、とてもじっとしていられない。
母親たちは青ざめた顔で宿の前にはられた捜索本部のテントに陣取り、父親たちは地元の有志捜索隊に混じり山へ入っていった。

行方不明児童の中に甥っ子がいたため、自分も現地に同行していた。

姉夫婦は共働き。家が近いこともあり、よく放課後に甥っ子預かっていた。
親ほどとはいかないまでも張り裂けてしまいそうな心持ちで姉と一緒にテントの隅で状況を見守っていた。


日も暮れ、捜索は一時中断かと思われた頃、
「不明児童発見!」との無線が飛び込んできた。
一気に色めきたつテント内
「四名全員保護! 怪我などもありません」
続く声に歓声と拍手が湧き上がった。

子供達は、自力で山道を降りてきたという。

翌日はニュースの影響もあり、臨時休校。
当然、学校にはあれこれと責任問題が持ち上がった。
が、子供達にショックやトラウマはないようで、休校明けには元気に学校へと通い始めた。

1ヶ月程すると学校も落ち着きを取り戻し、
けが人もいなかったからか、世間的にもすぐに忘れられていった。


いつも通りの日常が流れ始める。

かに見えた。

以前と同じように週に3日ほど家へ遊びに来る甥っ子。
始めは気がつかなかったが、慣れを取り戻してくると引っかかるようになることがちらほら出てくる。

甥っ子にも懐いていた我が家の猫が隠れるようになってしまった。
無理に引っ張り出そうとすると毛を逆立てて威嚇される。

あんなにかわいがっていたのに甥っ子は気にもしていないようで、家に来ても猫などいないかのように振舞っている。

それから最近体臭がきつくなったように思う。

以前は学校っぽい汗とほこりが混じったような匂いがしていた。
でも最近ではペットショップのような匂いがする。

家でも猫を飼っているんだから当然それなりに匂いはする。
でもそれ以上にというか、
もっと濃い

獣のような匂いがする。


珍しく姉が早めに迎えに来たので、少し話をする時間ができた。
もしかしたら不快に思われるかもと考えたが、赤の他人に言われるよりはマシだろうと思い聞いてみることにする。

「あれからカズくん(甥っ子)ちょっと変わった?」
「ええ? 気になることはないけど……もしかしてこっちで何か言ってたりする?」姉は途端に不安そうに声のトーンを落とした。
「ああ、いや別にそういう感じじゃなくて」なんて言えばいいんだろう。

「ああ、そういえば」
「何かあるの!」
「好き嫌いが減ったかも」
「好き嫌い?」
「以前はお魚あんまり好きじゃなかったのに、最近ではほっとくと骨まで食べてたりするの。こないだなんかフライドチキン食べさせてたらすごい音がして、もうびっくり。見たら骨を噛み砕いでいたの」
「えっ、鶏の骨って危ないらしいよ」
「そうよね、だから骨は食べちゃダメよって毎回言ってるんだけど」
それはのんきに笑っている場合じゃないのでは?
「それって」
「ひもじい思いをしたから、食に執着するようになっちゃったのかな」
姉はニコニコと笑っている。

「あのさ、最近うちのミーコがカズくんを怖がるんだよね」
「そうだ、家で犬を飼い始めたの。和彦がどうしても飼いたいって言うから。しかもペットショップの犬じゃなくて、保護犬がいいって。結構大きいのを選んだのよね。もしかしたらその匂いがついてるのかも」
「その……臭いのことなんだけど、カズくん自身結構匂ったりしない?」
「その犬がね、初めから知ってたみたいに和彦に懐いて、夜も一緒に寝てるのよ。しょっちゅうシャンプーはしてるんだけど、やっぱりずっと一緒だとねえ」
「ペット臭くらいならうちだってあるし、それよりなんかもっと濃い……獣臭い感じの」
姉の顔から表情が消えた。


「もしかして、……あの日からカズくんは」
「いいじゃない」
「えっ?」
「ちょっと臭いくらいいいじゃない。私は気にしない。和彦が和彦の姿でそばにいてくれるなら」
泣きそうな笑顔を浮かべた姉に、もう何も言えなくなった。


甥っ子は今日も人懐っこい笑顔で家に遊びに来る。


甥っ子が何かの力を借りて、ここにいるのか
何かが甥っ子の姿を借りて、ここにいるのか


ただ一つ言えるのは、あの日からの彼は以前とは別物だということ。

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