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異語り 088 大首もしくは舞首

コトガタリ 088 オオクビモシクハマイクビ

私が中学生の頃に大叔母から聞いた話なので、たぶん時代的には昭和三十年代後半の話ということになる。
日本は高度経済成長期のまっただ中で、どんどん豊かになると共に、どんどん忙しくなっていった時代。

「せっかく綺麗な団地に引っ越したと思ったらまた田舎へ引っ越しすることになってしまったの。
四人兄妹それぞれに自分の部屋をくれると言うから喜んでOKしたけれど、着いてみたらド田舎のボロい民家で物凄くガッカリしたのよね」

部屋は確かにもらったが、団地の時のような洒落たドアがあるわけでもなく、一面は障子、残りの三面が襖の8畳間だった。
あっちからもこっちからも部屋に入られ放題と言うこと。

「みんな似たようなもんだったから兄弟で協定を結んでね、一方の襖側に家具を固めて「この襖は開けない」と言うルール作ることで対抗したのよ」

古いけれど、大きな家だったので何をするにも動線が長い。
使い勝手と不公平感が出ないように水回りと居間だけリフォームが施された。
大叔母は明るくおしゃれになった居間が気に入り、自分の部屋よりも居間で過ごす時間の方が多くなっていった。

ある日の昼下がり。
五つ上の姉と居間でおやつを食べていた。

掃き出し窓だったものを洋風の大きなアルミサッシに変えた窓からは、心地よい風が吹き込んできていた。
その時は2人並んで座卓に座り、ポケーと庭を眺めていた。のんびりした時間。

ふわりと入ってきた風が臭う

「やだ、何この臭い」
「くさーい」
生ごみのような、腐った魚みたいな臭いがして鼻をつまんだ。
まだトイレは汲み取り式で、バキュームカーが来る日などは子どもたちで「くさい」「くさい」と大騒ぎしたりもしていたが、こんな生臭いにおいは初めてだった。

「ええ、何の匂い?」
「どこからするの?」
鼻をつまんだまま立ち上がり、匂いの正体を確かめようと窓の向こうへ注意を向けた。

ふっと影が差し室内の明るさが下がる。
姉と2人、動作途中のポーズのまま固まった。

部屋に落ちた大きな影がすうーっと移動し、

消える

再び明るくなった部屋の中で姉が「アレ何よ」とつぶやいた。
顔を見合わせると「みた?」と聞かれ、返事を返す代わりにに姉に飛びついた。
姉もぎゅっと抱き返してくれる。

「なにあれ!」
「やっぱり見たよね」

自分の見たものが信じられず、お互いに縋るように見つめ合った。

「大きい顔!」
「顔だけだった!」
「紫色っぽかったよね」
「笑ってたかも」
「でっかい目」
「で、禿げてた!」

部屋が暗くなった時、縦120㎝はある窓いっぱいに大きな男の顔が現れた。
それがゆっくりと通り過ぎていったのだ。
顔は灰色に紫を混ぜたような粘土のような色をしていた。
ギョロリとした目玉に、笑うように口角が上がった口を大きく開き、手鞠ぐらいはありそうな歯をカチカチさせながら、すうーっと家の影へ消えていった。

「あの目玉で睨まれていたら、ひょっとしたら死んじゃってたかもしれないわね」
巨大な顔は2人に一切構うことなく、ただ通り過ぎて行った。

その後帰ってきた他の兄弟や両親にも話したけれど、誰も信じてくれなくて姉と2人で震えることになる。
当然夜も怖くて、しばらく一緒に寝たりしたという。

「なんて言ったかしら? 首だけの化け物がいるらしいわよ」
大叔母は楽しそうに笑っていたが、その話を聞かされた私は、その日は早くから窓のカーテンを閉めて過ごすことになった。

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