異語り 004 祓いの鈴

コトガタリ 004 ハライノスズ

我が家では毎年、年が明けると近所の神社へ初詣に出かける。
大きな神社ではないのでそれほど人出があるわけではないが、小さな出店なども数軒並び普段よりは賑やかになる。
行列ができているわけではないが、なんとなく人の流れに乗って参道を進み、入れ違いで参拝。その後社務所に戻りおみくじを引き、お守りを買う。


お守りは「これ」と決めている物はなく、その年ごとに気に入ったものを購入している。
その年は、小さな鈴のついた根付形のものにした。
じつは数年前にも鈴付きのお守りを購入したことがあった。その時はあっという間に鈴が取れてしまい、小さな木札だけが残った寂しい思い出がある。
今度のお守りは鈴を包み込むように印伝(いんでん)風の皮が巻いてある「開運守」という物なので、鈴だけが落ちるなんてことはなさそうだ。

鈴の音は空間を浄化する作用があるという。
チリチリと鳴らして歩くだけでも自分の通る道が浄化されるらしい。
さっそく普段使いのカバンにぶら下げ買い物の行き帰りにもチリンチリンと鳴らして歩いていた。

しかし、時にはあまり音を立てては気まずい場面もある
そんな時はそっとお守りを握り、その場をやり過ごしていた。

ある日、友人に誘われてあるセミナーを聞きに行くことになった
『 子育てコーチング』というらしく子供も親もイライラせずに成長しましょう的な内容だったと思う


会場は市の文化センターの会議室だった。
参加者同士でで自己紹介をして、ちょっとした講義を聞く。
数名の班に分かれグループディスカッションやゲームなどと進み、初対面の参加者とも打ち解けてきた。

和やかな雰囲気のまま講義内容はまとめに入ったようで、その流れに乗って講師が自身の書籍を取り出した。
途端にそれまでにこやかにサポートしていたスタッフたちが機敏動き始めた。

おもむろに扉を閉めたかと思うと、出口前に机を並べ書籍を積み上げていく。自分たちが会場の後ろの方にいたからか、前方で講師の話に釘付けになっている参加者との温度差をより強く感じる。


講師はさっきまでのテキストも広げながら
「この中にもっと具体的な活用事例などを紹介しています」
さらに、有料のオンラインサロンの入会説明を始めた頃


チリリリリン
鈴の音が響いた。


ちりりん、ちりりん、

ジリジリジリジリジリジリジジ

講師が口を開く度に響く鈴の音
それほど大きくはないが、よく通る音

皆が音の出どころを探し始めた。

チリチリチリチリチリチリチリチリ

皆の視線が徐々に後方へ流れてくる

私?!

カバンにぶら下げたお守りの鈴からチリチリと澄んだ音が響いていた。
私に貧乏ゆすりの癖はない。むしろ何も揺れていない。
お守りも、ただカバンから静かにぶら下がっているだけ


慌てて鈴を握りしめるがコロコロとこもった音が漏れ続けている。
鈴の中の玉が震えるように転がり続けているようだった

会場の皆の視点を追い、にらみつけるような講師の目がこちらを向いた

慌てて鈴を握りしめたまま立ち上がった。

明らかに敵意を含んだ鋭い視線に身が縮こまる気がする。
ペコペコと頭を下げながら、門番のようなスタッフの間を掻い潜り扉を押し開けた。


逃げるように会場の外へ飛び出し、一気に会館のロビーまで駆け戻った。
その間、鈴は手の中でずっとコロコロと鳴り続けていた。


文化センターのロビーまで来てようやく鈴は音を立てるのをやめた。
慌てて後について来た友人が心配そうにこちらをのぞきこんでくる
「なんだったんだろう、もう止まったみたい」
ほっと笑顔を浮かべて友人をみる。誘ってくれたのにこんな形で退室することになるなんて申し訳ない。
「いまからもう一度戻る?」
申し訳なく尋ねると友人はにかっと笑って
「いや、いいよ。もうあとは宣伝だけだし。あの人のセミナーは気になってたけど本買うほどでもないし。実際どうやって買わずに帰ろうか考えてたんだよね」
と、そのまま会場を後にした。


「案外守ってくれたのかもよ」
友人は笑っていたが、もし守られたのだとしたら鈴は何に反応したのだろう。

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