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異語り 024 新月のおまじない

コトガタリ 024 シンゲツノオマジナイ

娘の同級生にルナちゃんという女の子がいる。
幼稚園から現在(中3)までずっと同じ学校だけど、娘とはそれほど親しいわけではない。でもとても印象に残っている女の子でもある。

彼女はちょっと変わった子で、幼稚園の頃から同年代の子供と遊ぶより、その親・大人と話をすることが好きな子だった。
彼女のお母さんはお仕事も忙しそうな方だったので「寂しいのかなぁ」と思いよく話し相手になっていた。


でも小学生になり学年が進むと、保護者が関わる行事も減り、徐々に彼女とも疎遠になっていった。
久しぶりにゆっくり話ができたのは六年生の特別レクリエーションの時だった。

その頃の彼女はおまじないにはまっていたらしく、やっと年頃にあった話題に興味が向いたんだなぁと嬉しくなりながら話を聞いていた。

名前つながりなのか、特に月に関するおまじないに執着しているらしく
満月の夜に財布を振るだとか、新月になった時間に願い事を書くとか、少し大人よりのおまじないについて熱く語っていた。

ちょうどその日は新月だった、でも特別レクリエーションは小学校の体育館で昼過ぎから夜まで続く。
「本当は新月になってから8時間以内に書いた方がいいんですけど、今日はレクがあるからちょっと過ぎちゃうんですよね」
困っちゃうと眉を寄せながら話すルナちゃん
「ボイドタイムとかもあるから24時間以内ならセーフって言ってるところもあるので、今回はそっちを信じることにしました」

相変わらず同級生より大人とおしゃべりする方が好きなようで、私だけでなく何人かのお母さんとも談笑していた。

その日は小学校最後の親子レクリエーションということもあり、ルナちゃんのお母さんも参加していた。
お母さんはちょっと困ったような表情を浮かべながら、ルナちゃんが話した保護者のところを回っていた。
「いつもすみません」
「いえいえ、ルナちゃんはとてもしっかりしてるからおしゃべりするの楽しいですよ」
「ありがとうございます。あのー、何か変なこと言ってなかったですか」
「新月のおまじないを教えてくれました」
「願い事を書くやつかしら」
「そうそう」
「それだけでした?」
「あとは、今日は間に合わないから違うルールの方を信じるって言ってましたよ」
「そう……ありがとうございました」

ルナちゃんのお母さんは何か考えるような面持ちで次の人のところへ行ってしまった。

「ねーねー、願いが絶対叶うとしたらどうしますか?」
お母さんから隠れるようにして、ルナちゃんが背後から声をかけてきた
「ええ、なんでもいいの?」
「うーん、多分。死んだ人を生き返らせる系は無理だと思うけど、それ以外ならいけるんじゃないかな」
「すごいね」
「でもね、失敗すると帰ってこれなくなるらしいんですよ」
「ええ、それは危ないんじゃないの?」
「でももう3回ぐらいやってるけどけっこう平気ですよ」
「失敗したらって怖くないの?」
「最初は怖かったけど、意外と大丈夫です」
「そうなんだ、すごいね」
そう答えると、ルナちゃんの表情がパッと明るくなった
「みんなこの話すると、「あんまりやるんじゃない」とか「危ないからやめときな」とか言うんです。全然平気なのに」
「ルナちゃんのことを心配してるんだよ」
「だから、他の人には秘密で、特別に教えてあげます」
そう言って私を体育館の外へ連れ出した。

体育館を出てすぐの水飲みの前でルナちゃんはハンカチを取り出した。
ハンカチには小さな鏡が包まれていた。


「今はまだ陽があるからやり方だけ教えますね」

ルナちゃんは小さな鏡をうまく使って水飲み場の鏡に光を反射させた。


やり方は、日が沈み月が出ている時間に外の光を鏡に当てるという。
いつでも成功するわけではないらしく、うまくいった時は鏡が光り出すらしい。
そして、その光っている鏡の中に入るそうだ。

鏡の中にはこちらとよく似た世界があって、そこで欲しいものを手に入れてくる。もしくは、カレンダーや手帳、日記などに希望の予定を書き込んでくるのだという。

誰かに会いたければその人に会う予定を書き、すぐに手に入らない物は手に入れる予定を書いてくるらしい。

「小さい物ならそのまま持って帰ってこれるんです」
うれしそうに笑う姿は嘘や妄想を話しているようには感じられなかった。

ただ、あまり先の予定を書くのはおすすめしないとも言った。
「人間ってけっこう気が変わりやすい生き物ですから」
「ははは、そうかもね」
こういうところは昔から大人びている。

「で、決まりもあるんですけど」
ルナちゃんは軽く鼻で息をつくと
「まず必ず日が昇る前、もしくは月が沈む前に戻ってくること。それと、誰にも会っちゃいけない。この二つが決まりです」
そう言って小さく頷いた。
「それが守れないと失敗ってことになっちゃうのね」
「はい。一つ目はこちらに戻ってこれなくなっちゃいます。そして誰かに会っちゃうとその誰かが自分の代わりに入れ替わっちゃうそうです」
「うわ、けっこう怖いね」
「大丈夫ですよ、あっちには誰もいませんし、時間さえ気にしていれば平気です」
「でも」

すこし危機感を持たせておいた方がいいかと思ったが、言葉にする前に体育館から集合がかかった。
「あ、ママには内緒でお願いします」
ルナちゃんは笑顔だけど真剣な表情で言い残し、元気に体育館へ走って行った。


中学校に上がってから二度ほどルナちゃんに声をかけた。
1度目は登校中。
「おはよう」と声をかけると、じろりと睨まれ形ばかりの会釈を返された。
2度目はスーパー。
気がついて笑顔を向けると、向こうから駆け寄ってきてくれた。
「おひさしぶりですぅ、こんにちわぁ」
てっきり嫌われてしまったかと思っていたからうれしかったけど、

どこか雰囲気が変わった気がした。


もう中学生だし、思春期だし、いろいろと成長していく年頃だと思う。




でも、先日遠目に見かけた時も……


あんな子だったかな……

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