【短編小説】自動販売機と優しい嘘5/5話
小川くんと武村くんと私は、複合型商業施設の2階にある連絡通路に向かっていた。
連絡通路の先は、最寄り駅の改札前まで繋がっている。
私はこの2人と同じ方を向いて帰るので、過去に何度か一緒に帰路に就いたことがあった。
3人ともローカル線を3駅先まで乗り、一度大きな路線に乗り換える。
そこから小川くんは3駅、武村くんは4駅、私は6駅先が自宅の最寄なので、私が1番帰宅に時間がかかる。
今来た電車にすぐ乗れたとしても、帰宅は20時半頃になるはずだ。
私は、歩きながらお母さんに「21時までには帰れると思う」とLINEを送った。
帰宅したら、真っ先に風呂に入るよう言われるだろう。
お父さんが大体22時頃に帰宅してすぐに風呂に入りたがるので、それまでに上がれと急かされるのが常套句である。
それから夕飯を食べて、部屋でゆっくりできるのは22時になるだろうか。
流石にこの時間には学区内組も帰宅しているとは思うが、遅くに電話して、高山くんは迷惑ではなかろうか。
「家に帰ってから電話する」と言ったものの、所詮はその場しのぎで無計画な告白プランだ。
どうすべきか考えなければならないが、もはや私の頭は回っていなかった。
これまでの事の成り行きから、今日告白すると決めた覚悟も揺らいでいた。
電話で言うなら、今日でなくても良いだろうし、わざわざ夜遅くに電話する必要もない。
元々成功する見込みは薄かったが、告白すらまともに出来ないなんて。
準備をする側の私にも、番狂わせな事態だ。
それを二転三転する告白プランに振り回される高山くん側の気持ちに思いを馳せてみる。
だ、だめだ。
嫌な気持ちにしかならない。
私の心は喪失感に支配されていた。
そんな中、1つの足音が後ろから追いかけてきていた。
そして、私たちが連絡通路に辿り着く前に、その足音は我々3人に合流した。
高山くんだ。
なんで、高山くんが?
そう思った時には、高山くんは武村くんに声をかけていた。
ああ、そっか。
高山くんは武村くんと仲良いもんね、名簿も前後だし。
今日で最後だから、見送りに来たのかな。
「そうそう、俺、藤崎さんにボウリングで負けたからジュース奢らなきゃいけないの忘れてたんだよね。藤崎さん、行こっか」
高山くん登場の理由を勝手に納得していたら、高山くんは突然私の名前を出し、少し前に通り過ぎた自動販売機の方を指差した。
私は途轍もなく混乱した。
え、ボウリングで負けたって何の話だ?
チーム内で賭けなんてしていないし、そもそも高山くんは私より良いスコアだったから負けてなんかいない。
私が何かを言う前に、高山くんは指差した自動販売機の方に向かって行く。
私は、慌ててその後を追った。
高山くんの話は、明らかに嘘だ。
でも、もし私と高山くんの間でそういう約束になっていたとしても、別のチームだった小川くんと武村くんは知りっこないだろう。
最終結果もレーン毎の平均スコアを出しただけなので、詳細までは共有していない。
もしかして、これは。
これは。
自動販売機の前に着くと、高山くんは私に向き直った。
「藤崎さん」
高山くんは私の名前を呼ぶと、その目で私の瞳をしっかり捉えた。
そこにいたのは、いつもの含羞んだ笑顔の高山くんではなかった。
これは、高山くんが作ってくれた、チャンスだ。
ただならぬ雰囲気から悟った私は、心に秘めていた言葉を紡ぐ。
「高山くん、その、私、高山くんのことが好きです。今日、こうしてクラスメートとして集まれるの最後だったから、それを伝えたくて」
高山くんは私が言い終えた後、一呼吸置いてから話し始めた。
「ありがとう。藤崎さんにそう言ってもらえて、すごく嬉しいよ。でも、俺は藤崎さんのこと友達だと思ってるから…これからも、友達として仲良くしてもらえないかな?」
私は、自然と口から肯定の言葉を発していた。
「で、藤崎さん、どれにする?」
「え?どれって?」
「ジュース奢るって言ったでしょ。」
そう言った高山くんは、前歯を見せて笑っていた。
いつもの恥ずかしそうに話す表情も可愛くて好きだが、今見せる眩しい笑顔はもっと好きだと思った。
高山くんに別れを告げ、私と小川くんと武村くんは一緒に改札をくぐった。
何も知らないであろう2人には、さっきのことを悟られないよう極力こちらから話題を提供する。
作戦は成功し、小川くん、武村くんの順に電車を降りて行くまで、考え込む時間を作らずに済んだ。
1人になってようやく、自動販売機の前で話したことを思い返す。
私は、高山くんに告白して、振られた。
にも関わらず、悲しいどころか、胸の辺りがポカポカしていた。
まだ振られた実感がなかったことも、振られる心づもりをして臨んだことも、その理由の1つだろう。
しかし、振られた悲しみよりも、自分の気持ちを伝えられた喜びの方が何倍も感じられたこと。
高山くんが素敵な告白の舞台を用意してくれたこと。
そして、そんな高山くんのことを好きになって良かったと心から思えたこと。
それがおそらく、最も大きな理由だ。
私は、まだ仕事帰りの人たちの多く乗る電車に揺られながら、高山くんにLINEした。
「今日は時間作ってくれてありがとう。私、まだ諦められそうにないから、高山くんのこと好きでいても良いかな?」
すぐに既読がついて、返事も来た。
「こちらこそありがとう。望むところだよ」
完