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マニアにもマニアでない方にも。ー『大唐懸疑録 蘭亭序コード』

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 唐代といえば中国文学好きでなくても、耳にしたことがあるだろう。
 世界的な年の中心として日本からも遣唐使が派遣され、インドやペルシアなど各国から文物も人も集まった素晴らしき時。まさに文化の成熟期、いわゆる「唐詩」が栄え、伝奇小説が生まれ、絵画が、書が、あらゆる芸術が花開いた時期でもある。

 この時代を舞台にした作品も少なからず生まれているものの、本シリーズのすごいところは「真正面から」正史に取り組み、現実と虚構を色鮮やかに織りなしている点にある。
 それもそのはず、作者の唐隠(筆名からしてすでに「唐」!)は熱烈な歴史マニアで、特に唐についての知識は生半可ではない。プロの学者たちも称賛するほどである。さらには熱狂的なミステリマニア。この二つが重なったことにより、すばらしい唐代ミステリが生まれたのだが……それだけではない。リアルな唐代描写のみならず、筆者はそこにさらに「文学」と「女探偵」を加えたのである。
 これが面白くないはずがない。いやもうべらぼうに面白いのである。

 天才詩人李賀(わたしが世の中で一番好きな詩人!)の許嫁であるヒロイン、もちろん李賀も出てくるし、白居易、元稹、杜秋娘、宗家五姉妹といった実在した著名な詩人や学者が出てくるだけでなく、唐代伝奇小説で有名な女暗殺者・聶隠娘も登場する。
 この辺りですでに窒息しそうなほどに興奮させられるのだが、筆者はさらに読者の息の根を止めにかかってくる。何と、かの『酉陽雑爼』の作者・段成式も重要人物として現れるのである!!
 奇怪な出来事を書き留めた『酉陽雑俎』の作者がであう殺人事件、文学作品に秘められた謎、天才的な女探偵……なるほど、本当にこんな出会いがあったのではないかとさえ思わされてしまうほどにリアルである。

 もちろん文学的な謎解きだけではない。そこには時に政治的な、時に人間の業ともいうべき謎が隠れており、皇帝や大臣など時の権力者たちも関わってくる。そしていつの時代にも悲しきは女性であり、虐げられた弱き立場の人々ーー。
 あくまで民衆の立場に立つヒロインが、その感受性豊かな才能を発揮しつつ、天才的な観察力と洞察力で、複雑に絡み合った難解な謎を丹念にときほぐしていくこのシリーズ。
 唐詩マニアにも、唐代伝奇マニアにも、歴史マニアにも、政治マニアにも、そして全ミステリマニアにもお勧めのシリーズ。

 もちろんマニアでなくっても大丈夫。優れた作品というのは、どんな読者に対しても門戸が開かれているものなんです。

立原透耶【たちはら・とうや】
大阪府生まれ、奈良県育ち。北海道在住。日本SF作家クラブ会員。
一九九一年、『夢売りのたまご』でコバルト読者大賞を受賞し翌九二年デビュー。二〇〇〇年までは「立原とうや」名義で活動。
小説家としての作風はファンタジー、SF、ホラーなど多岐にわたる。華文SFの翻訳も手掛け、『三体』シリーズでは日本語版監修を担当する。
大学教員の顔も持つ。


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