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【心に残る映画】サイダーハウス・ルール(1999年 アメリカ)

何をしていても、いまひとつ身が入らない。
もともとそれほど集中力が続く方ではないけれど、最近はますますその傾向が強くなっている。好きなドラマや映画を観ていても、すぐに「ああこれは“過去の世界”のものなんだ」という思いが頭の中をよぎる。たとえば酒を酌み交わし語り合うシーンが出てくると、大切な人と心触れ合える場が失われてしまった"現在の世界"の寂しさが募り、ストーリーに気持ちがついていかなくなってしまうのだ。


そんな毎日の中で、ふと観たくなったこの映画。先日ここにも書いた「ブラス!」同様に、人生のお気に入り作品だ。サブスク全盛の時代だが、20年前に出会ったこの作品はDVDもしっかり持っている。

とはいえ鑑賞するのはいつ以来だろうか。

観始めて早々に思い出した。そう、まずこの作品は音楽がとてもいいのだった。冒頭から流れるメインテーマ。メイン州ニューイングランドの重たい空と、人気のない駅舎。そんな少し寂しげな風景に、沁み入ってくるようなピアノの旋律。レイチェル・ポートマンによるこのメロディを聴いているだけで、これから始まる物語が、やさしさに満ちたものであろうことが想像できてしまう。


人里離れた孤児院で育ち、やがて「外の世界」に憧れ巣立つ青年ホーマーを演じるのはトビー・マグワイア。こころ穏やかで、やわらかな表情が印象的ながら、好奇心と芯の強さをあわせもつキャラクターがぴったりくる。
そしてホーマーが恋する天真爛漫な美女キャンディを演じるのがシャーリズ・セロン。こちらも「外の世界」の人がもつ「華やかさ」と「弱さ」を絶妙に表現していて、とても魅力的だ。
さらにもう一人、ホーマーを父親のような愛情で包む孤児院の院長ラーチ医師に、名優マイケル・ケイン。この人が子どもたちを見守るときの眼差し、しぐさの一つひとつが胸に迫る。この映画が、自分にとっていつまでも心に残る作品となっているのは、マイケル・ケイン演じるラーチ医師の存在も大きいように思える。


育った孤児院を離れ、りんご農家の収穫小屋“cider house”で働くホーマーが経験するいくつかの事件。ホーマー不在の孤児院で、ラーチ医師や子どもたちが直面する厳しい現実。決して「明るい」ストーリーではない。さらに天気はいつもどんよりとして、いかにも冷たい北風が吹き、冬には雪に覆われる。

登場人物の多くは、忍耐強く「笑顔」を絶やさない人たち。でもその笑顔のほとんどは無邪気なものではない。ホーマーやキャンディ、孤児院の子どもたち、そしてラーチ医師。それぞれが胸に抱えた傷や悲しみをもちながらも、自分自身が前を向くため、そして周りの大切な人たちを安心させるための「やさしさの笑顔」だ。

どこまでも、人を想いやることの美しさと、切ない感傷にあふれた物語なのだ。


そんなこの作品のラストシーンは、ホーマーを迎える子どもたちが見せる、初めてといってもいいはじけるような笑顔。それが、観ているこちらを心からあたたかく、幸せな気持ちにさせてくれる。


何年経っても、世界がどんな状況でも変わらない、人として大切にしたいもの。それがぎっしりと詰めこまれた宝石箱のような作品だと思う。

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