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【小説】いちごオレ

4限終了を知らせるチャイム、屋上への階段を登る。ここしばらくは雨が降り続いていたので、昼休みの開放感は久しぶりだ。アッシュグリーンのNW-A100で洋ロックを聞きながら、たこ焼きパンを齧る。ソースがやたらと甘い。

さっきまでは風が心地良い穏やかな青空だったのに、太陽が照りつけてきた。
「今日は、何聴いてんの?」
「レッチリ」
「あー、名前だけ知ってるわ。今日こそは知ってる曲かと思ったんだけど」
少しだけ勉強してきたんだけどなぁ、そう言いながらヤツが隣に座ってきた。
「今日は、カフェオレじゃないんだな」
「ボタン押し間違えたんだよ!いる?」
「いい」

ヤツと教室で話すことはない。ヤツには友達が多い。なのに、なぜか昼休みの屋上こうやって隣に座ってくる。
「俺、英語できないじゃん?」
ヤツはいつも唐突だ。知らないよと適当に相槌をうつ。
「まぁできないわけよ。赤点じゃん! やべーとかそんなレベルじゃないのよ。まじで」
ペラペラと喋りながら、ポケットからぐしゃぐしゃに丸めた何かを取り出した。自慢げに紙を広げ、名前の横に2と書かれた英語の小テストを見せてきた。
「全部埋めてこれ、やばくない?」
単語のスペルミスどころのレベルではない。文法がぐちゃぐちゃなのだ。
コロッケパンが口の中に入ったまま、ヤツは喋り続けた。

「で、お前は英語できるじゃん?」
「まぁ、他よりは」
「なんだよ、謙遜するなよ。でお前、洋楽聴いてるから英語できるんだなぁと思って、結構勉強したのよ。洋楽。偉いっしょ?」
「うん」
「でもなー、不思議なことにメロディーしか入ってこないんだ」
歌詞聞き取れねーや、話が終わったのかヤツはいちごオレを啜った。

「うわっ、甘っ!飲んでみ?これ、めっちゃ甘いから」
ヤツは、いちごオレを押し付けてくる。
「まじで、甘いから飲んでみ!」
こっちに拒否権はないのか、陽キャは怖い。

いちごオレにはストローが刺さっている。若干ヤツの唾液で湿っているっぽい。このまま飲むのか。うわっ、やばっこれってあれだ。いちごオレを掴む握力が強くなり、溢れ出しそうになった。

あ、こぼしそう。何を気にしてんだろうか、恐る恐るストローに口付ける。上唇と下唇で細いストローを挟みこみ、少しだけ吸った。
「ごくり」いちごオレを唾液といっしょに飲み込んだ。
「な、甘いだろ?」
「ま、まぁ。こんなもんじゃない?」
ヤツは、ストローのことなんて全く気にしていない様子だ。甘いと酷評したくせに、いちごオレを飲みきった。

「確かに甘いな」
「だろ」
たこ焼きパンがしょっぱい。「My Friends」の再生ボタンを押した。


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