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【楽曲紹介】最近のアイドル楽曲に見られる「自己啓発」とその先

自己啓発本って、エナドリみたいなもんだと思ってる。

毒にも薬にもならないけど、元気は出るという意味。地下アイドルオタクのかべのおくです。


オタクであろうとなかろうと、僕たちがつらい時にアイドル楽曲は勇気・元気を与えてくれるものです。

最近もとりわけつらい事があったものでここで発奮の意味も兼ねて、「自己啓発」という観点から、最近気になった楽曲をまとめて紹介します。


アイドル楽曲における「自己啓発」とは

そもそも多くの人にとっては「自己啓発」って何だよ?って話だと思うので、まずはそこから話したいと思います。


今回のnoteですが、以下の書籍の「第6章 アイドル楽曲の鑑賞と日常美学――自己啓発という観点から」から着想を得ました。

ちなみにこの書籍、他の章についても非常に面白い内容だったので、今後おりに触れて引用すると思います(というかすごく勉強になるから、みんな読んで)。


この書籍内では、「自己啓発」を以下のように表現しています。

「特定の自己をめぐる問いを創出し、人々の前に突きつけ、意識化させ、実践可能な課題へと化していくことに関わって、今日的な『自己の体制』を形作る知識・技法の一部」

「アイドル・スタディーズ」より

さらに同書では、「歌詞の内容とダンスという身振りを通じて、アイドル楽曲が鑑賞者に自己の望ましいあり方へと至るための技法を伝えるとき、当の楽曲は自己啓発メディアとなる。」と述べられており、これには非常に同意します。

とりわけアイドル楽曲はテレビや動画、音楽配信サービスなどで日常的に頻繁に耳にできるので、実践が容易なことも大きなポイントです。同書では生活に溶け込んだ音楽聴取のことを「日常美学」と表現し、クラシック音楽とは異なるポピュラー音楽全般の特徴としています。


というわけで今回はこの自己啓発の考えに基づき、最近の印象的なアイドル楽曲を4曲紹介します。

自己啓発楽曲の分類と紹介

今回紹介する自己啓発楽曲は、次の2タイプに分けられます。

①オタクが強く共感でき、自己啓発させられる曲
②自己啓発させられたオタクの様子を描く曲

①はいわゆる自己啓発として容易に想像できるような、聞くだけで元気がもらえる楽曲です。近年では「推し活」の爆発的流行もあってか、オタクの心情に解像度高くフォーカスした楽曲が増えてきている印象があります。加えてHoneyworksに代表される「アイドルがアイドル自身を歌う」楽曲もトレンドと言えるでしょう。

②は自己啓発されたオタクのその先を描いている楽曲で、近年のアイドル楽曲によく見られるタイプです。「推し活」とはどうあるべきか、オタクはどう生きるべきかを考えるうえで非常に参考になります。


今回はそれぞれのタイプについて、2曲ずつとりあげ紹介します。

1-1 君はソナチネ(ドラマチックレコード)

この曲を激推しするためにこのnoteを書きました。


「君はソナチネ」はドラマチックレコードが2024年1月7日にリリースしたシングルの表題曲。オタクの目線で等身大に綴られた歌詞と、爽やかなバンドサウンドが特徴的です。

ちなみに「ソナチネ」とは小規模なソナタの意味。もはやタイトル自体が、短くて儚くも華やかで、オタク達に生きる理由を与えるアイドルそのものを表しているのです。

この楽曲のポイントは、オタクと推しの関係性を明確に言い切っていることです。たとえば1サビの歌詞を見てみましょう。

そう何度だって考えた
君と特別な関係になんて
一生なれない
わかってる、わかってるけど

「君はソナチネ」より

正直なところ、「ここまで言って欲しくなかった」と感じている人は、僕だけではないでしょう。全てのオタクが心の底では分かっていたけど納得したくないことを、ここまで明言した作品を見たことはありません。


しかし、なおも物語は続きます。 

応援していたつもりでも
きっと救われたのは 僕の方だった
気づいたら
泣けちゃうな、いやもう泣いてる

「君はソナチネ」より

これもアイドルとオタクの関係性をうまく言い表しています。アイドルは応援されることでアイドルとして存在していますが、オタクもまた応援することで自分の生きがい、存在価値を見出しているのです。


2サビ終わりには、最近の「推し活」を象徴するワードが続きます。

推し変 推し増し
ごめんね
浮ついてバカだね
それでも 結局
君しか…
やっぱり君しか無理

「君はソナチネ」より


分かりみが深すぎる。


このパートこそ、地下アイドルとしての今の立場にいるドマレコが歌う意味だと感じます。

推しが沢山いるオタクでも必ず「その子じゃなきゃ無理」なことは存在するものです。「君はソナチネ」は、そんな地下アイドルオタクの矛盾を肯定しつつも、推しメンとの関係性を探ってていくのに最適な楽曲といえるでしょう。


1-2 だからとて(=LOVE)

少し熱くなりすぎたので、地上楽曲でも挟みましょう。

=LOVEの14枚目のシングル「ナツマトペ」のカップリング曲、センターは野口衣織。指原莉乃さんの書くアイドルオタク目線の楽曲のなかでも至高と言える一曲です。

この曲もアイドルとオタクの関係性を明確にすることで自己啓発を働きかける楽曲と言えるでしょう。どちらかと言えば芸能人やトップアイドルのオタク目線に立っていて距離感はだいぶ遠いものの、だからこその切なさや一途さといったものが余計に際立っている気がします。


正直かなり有名な楽曲なので今更ぼくが考察する意味は薄いものの、いちばんのポイントは次のフレーズです。

君に会って 伝えたいよ
だからとて 交わらない世界の君と僕
明日も生きたら
いつか会えるかも
希望よ 願いよ 届け

「だからとて」より

先程の「君はソナチネ」と同じように、ここでも推しと自分は決して親しくなれるような関係ではないことを述べており、ここで答え合わせのように「だからとて」という言葉が登場します。

推しには何があっても会えないし、ましてやこの思いが届くことなんて万が一にもない。それでも推しを生きる糧にして今日も生きる。そんな少し危なっかしいオタクの姿に感情移入して、聞き手も思わず「こんな推しを見つけたい、こんなオタクになりたい」という自己啓発の念に駆られるわけです。


僕がこの曲に特別な思い入れを抱いているのは、2024年1月21日にduo MUSIC EXCHANGEで行われたドラマチックレコードの河西栞さんの生誕祭で魅力されたということもあります。

アイドルとしては遅咲きの河西さん、プレデビューを含めればアイドルになってから約1年半、色んな経験をしてきて満を持して迎える2回目の生誕祭でした。

このアンコール開けに披露されたのが、河西さんソロでの「だからとて」。あえて手紙などは読み上げず、感謝の思いをギュッと詰め込んだ1曲でした。

君が大好きだ
ただそれだけなんだ
頑張る理由 君だらけ

「だからとて」より

河西さんはこの部分を引用して「私が頑張る理由もみんな」とメッセージを残しています。準備期間が長く、オタクの気持ちを深く理解していて、なおかつ右も左も分からない中で濃密なアイドル2年目を駆け抜けた、河西さんなりの感謝の気持ちなんじゃないかと思います。

ちなみにこの曲のあとにアンコール2曲目として歌われたのは先ほど紹介した「君はソナチネ」。ドマレコと河西さんが改めて大好きになりました。


2-1 僕は君になれない(高嶺のなでしこ)

「僕は君になれない」は高嶺のなでしこのオリジナル楽曲として、2023年に「革命の女王」とあわせてリリースされました。アイドルを目指す女性と、アイドルを応援する男性の両者が共感できる内容の楽曲となっています。


MVでは私服のメンバーたちがホールの客席に足を踏み入れる場面から始まり、バックステージで制服に着替えて「高嶺のなでしこ」としてステージでパフォーマンスするまでの姿が描かれます。

MVを見ていると、アイドルに夢をもらった少女たちが同じようにアイドルを志し、理想の「君」にはなれなくても「僕」らしくアイドルを目指すという決意の曲と受け取れます。

この文脈なら、この曲の印象的な言葉である、

「誰かの背中を押せるように」

「僕は君になれない」より

アイドルである「僕」から、客席にいる「誰か」に向けられていることになります。アイドルに心動かされた女の子がアイドルになり、また誰かを勇気づける。これはこれで胸が熱くなる展開ですね。


しかし一方でMVから少し離れて歌詞だけを読み解くと、この曲はアイドルの夢を実現するために推しを応援するオタクを描いているとも捉えられます。2番のサビの歌詞は以下の通りです。

押し付けたいわけじゃない
ただ好きなんだ
理由なんて知らない
僕は可愛くないから
君にはなれない
せめて好きでいさせて
きらりきらり光る星に
君はなれるよ
僕は信じる
夢よ輝け

「僕は君になれない」より

以上の部分は、オタクである僕自身が推しメンに寄せる感情としてとても共感できる部分です。見返りを求めることなく熱い気持ちを注ぐ対象が「推し」であるのなら、推しの夢が自分の夢になることは十分にありうるのではないでしょうか。


この文脈だと、先ほどの

「誰かの背中を押せるように」

「僕は君になれない」より

は、自分の好きを貫く(推しメンが夢を叶えられるように応援する)ために仕事や日々の生活を頑張った結果、それが誰かの背中を押す(誰かの役に立つ・仕事で成果を残す)という抽象的な解釈も可能になります。

以上のように「僕は君になれない」は、「推しを通じてポジティブさを手に入れたオタクは社会に貢献できる」という自己啓発の行く先を示している作品とも捉えられるでしょう。


2-2 最強の推し!(鈴木愛理)

最近のオタクと推しの有り様を描いたアイドル楽曲としては、この曲も外せません。鈴木愛理本人が主演のドラマ「推しが上司になりまして」の主題歌であり、アイドルオタクの自己啓発の一つのゴールを示しているとも考えられます。


いやあの、「お前そんなにミーハーになったんか?」とか思わずに、お願いなんで一度MVをちゃんと見てほしいんです。

この曲も「僕は君になれない」と同じく、耳で聴いたときとMVを見たときで曲に対する印象が全く違ってくるのがこの楽曲の特徴です。


曲全体の印象としては、

天にまします 私の推し様
永遠をここに誓いましょう
 病める時も 健やかなる時も
あなたの存在が世界を照らしてくの
巡り逢えた
尊いあなたとの世界線
(中略)
今日も幸せ願って止まないよ
あなたが笑ってくれるなら
見返りなんていらない
これこそ至高の愛
(中略)
さあ 永遠を誓いましょう
さあ 至高の愛と共に

「最強の推し!」より

などと、「推しが上司になりまして」の劇中でも使われているワードと共に、推しにとにかく従順で盲目的なオタクの思考が的確に表現されています。曲を作った大石昌良さんはアイドルシーンに理解のある方だと思うので、これが世間の「推し活」に対する一般的なイメージと考えて相違ないのでしょう。


しかしMVではこの曲の持つ、「推しは活力である」という側面がクローズアップされます。同曲の歌詞には以下の表現が見られています。

あなたのいない毎日じゃ私は正直生きてけない
世知辛い社会に飲まれないための心の安定剤
(中略)
あなたがいるだけでこんなにも強くなれるの
迷える日も頼りになる さすが私の推し

「最強の推し!」より

推しの言葉やセリフ・歌やパフォーマンスにエンパワーされ、理不尽な現実を生き抜いているという感覚は、オタクなら誰もが感じるところでしょう。MVでは、オタクに扮した鈴木愛理さんが推しのために身を粉にして働き、社内で昇進していく様を描くことで、このイメージをわかりやすく表現しています。

以上のように「最強の推し!」は、曲だけでなくMV、ドラマの内容まで含めて、「推し活」が職場や生活などの日常でも実践され、それが社会貢献につながることを表現した作品と言えるでしょう。


総括:「自己啓発ソング」の向かう先

このnoteでは、自己啓発という観点で以下の楽曲に分類し、それぞれについて印象的なアイドル楽曲を紹介してきました。

①オタクが強く共感でき、自己啓発させられる曲
→ 「君はソナチネ」「だからとて」
自己啓発させられたオタクの様子を描く曲
→ 「僕は君になれない」「最強の推し!」

これらの楽曲は、アイドルオタクが推しメンとどう関わっていくべきか、「推し活」をどのように実践すべきかというヒントに富んでいます。

ただし注意しなくてはいけないのは、楽曲に描かれている世界も誰かにとっての理想でしかないということです。「僕は君になれない」のように推しメンの夢を共に追いかける必要はないし、「最強の推し!」のように推しメンと永遠を誓うのも、本来は必要ないわけです。

なんなら「推し活」に何かしらの見返りを求めるのは、オタクとして生きづらくなるだけなんじゃないかと思います。眼前に積み上がったチェキの山を見つめながら、「今日もくだらんことにお金と時間を使ったなあ、まあいいか」くらいに考えておくほうが、気楽かつ幸せに生きられるんじゃないでしょうか。

ただ、そんな音楽が我々の心を豊かにしてくれることも確かです。歌い手の思いに心揺さぶられたり、歌詞につづられた幻想の世界を味わえるのも音楽があってこそでしょう。楽曲のどんな一面を切り取って、自分の生活に取り入れるか。生かすも殺すも、聞き手の僕たちにゆだねられているといえるでしょう。


おわりに

まとめます。

結局、推しは尊いんだよな。

以上です。

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