2015.9.3 「背中をみていたから」

 緩和ケア病棟への強い拒否を示した母は、翌日、信頼する訪問看護師に相談したようだった。

 その日のメモが残っている。

 —入院については、どうしようかとても悩んでいる、こんな体になって悲しいとおっしゃっていました。緩和ケア病棟と自宅のメリットデメリットをお話しています。その中で、少しでも気持ちが傾く方へ決めていいですよとお話しています。−

 その日私が行くと、母は「今日は看護師さんとよくしゃべったのよ。嫁に来てからの苦労もね」と機嫌よく話した。「看護師さんがね、家で看てもらえるのは幸せだって。そうしてもらえるのは、あなたの背中を皆が見ていたからだって。」と言った。「そうだよ〜。」と応えた。

 衰えていく体に向き合い、人生の終わりが近づく恐怖に襲われ、辛い記憶を数えては悲しむ母に、小さいけれど今実感できる幸せを、母の人生に価値があったことを静かに教えてくれた看護師に、心のなかで手を合わせたのだった。