見出し画像

丁寧でもなく雑でもなく程々の暮らし

関西から北海道に移住しました

と言うと、都会に住んでいる方々からは
「ポツンと一軒家なの?」
「家庭菜園やガーデニングやってるんでしょ〜」
「野菜は買わなくてももらえるってほんと?」
「ダンナさん陶芸とかの職人さん?」
「田舎だからのんびり暮らせていいなあ」
等々、the 田舎暮らし!的なイメージを持たれることが多い。

地元の方々からは、概ね好意的に受け入れられているが、中には
「せっかく都会に生まれたのに!恵まれた環境を捨てて、わざわざこんなへんぴなところに来るなんてわかってない」
的な、批判というか、嫉妬というか、複雑な感情を向けられることも時にはある。

実際は、地方都市の賃貸マンション暮らし。ベランダのプランターでトマトやバジルを植えて(カプレーゼが好きなので)楽しんでいるけれど、畑はやってない。賃貸農園、という手もあるが、時間がなくて出来ていない。

オットは、炭焼きも陶芸も山岳ガイドもしていないし、わたしはフルタイム接客業、子どもは徒歩10分の学校へ通い、週に何度かは習い事に通う。
野菜は夏はいただけることもあるけど、収穫時期の一瞬で、年中お裾分けがあるわけではない。
北海道に移住、という言葉の持つイメージほどは、それらしい生活をしていない。

普段は、
起床→朝ご飯→子どもの送り出し→洗濯掃除→出勤→仕事→迎えの後帰宅→買い物と夕飯→子どもの世話→洗濯→風呂→寝る→起床に戻る
を繰り返している。
特にコロナ騒動があってから、地球の自転が早くなったのでは?と思えるぐらい、時間があっという間に過ぎていく。

「広大な北海道、ここにはゆったりした時間が流れている」
とかいうコピーを見たことありませんか?

そんなわけないです、時間の進むスピードは多分地球上どこも一緒です。

わたしだって、北海道に移住してのんびり田舎暮らし、に憧れていなかったわけではなく、むしろやりたかった。

このままではあかん、寿命が来てすぐ死んでまうorz…と最近若干焦っている。

しかしどうするか。

よく雑誌などの表紙に書いてある
「丁寧な暮らし」
という言葉、なんとなくステキで、なんとなく憧れる。

コロナ騒動で、外食にも買い物にも行きにくくなり、とりあえず料理は普段よりも数をこなした。
マスク作りで裁縫が楽しくなり、ちょっとしたリメイクなんかちょこちょこやるようになった。
休校で子どもが家に居て、仕事も休みがちだったので、手の込んだ料理もした。
子どもと一緒に、いつもよりたくさんハーブの鉢植えを作った。
もしかしてこれって、ちょっと丁寧な暮らし?

丁寧な暮らしって、できるだけ自分でなんでもやる暮らし、ということなのか?

梅干しや漬物を、買わずに自分で漬けてみる。
着なくなった服を捨てずにリメイクやリサイクルしてみる。
クリーニングに出さずに、自分で洗い、アイロンをかける。
そこから拡張して、
自家製野菜を作って食べる
ゴミを出さずに、コンポストで処理してみる
山で山菜をとってきて、処理して食べる、残りは保存食にする
海の近くなら、魚を釣ってくる
等々。

こうやって書き出してみると、丁寧な暮らしの全ては、時間と労力がかなり必要となる。

例えば、山菜はアク抜きしたものがお店で売っているが、自分で採りに行く場合、山へ入る装備をして、現地まで赴き、採集して(見つかれば)、持ち帰って洗い、アク抜き等の処理をする。
調理できるまでに、すごい手間と時間がかかっている。
自分には無理そうだ。

関東から移住して、農業を営んでいて、野菜を複数作り、鶏を何十羽も飼育し、馬を飼っている友人がいる。
毎朝、鶏の生みたて卵を食べて、畑で取れた野菜を食べる。鶏は卵を産まなくなったら、さばいて食用にするそうだ。

夏は農作業で超多忙、真冬は積雪のため農作業は休み、趣味のスキーをしたり、温泉巡りをして過ごしている。

だが友人一家が、いわゆる「北海道に移住して農業に携わり丁寧な暮らし」をしているかというと、ちょっと違うかもしれない。
特に夏は、農作業の手伝いで住み込みや通いのスタッフが入り乱れて、大人数での生活となるため、洗濯と農作業に明け暮れているらしい。
「毎食、自家製卵の卵かけご飯と味噌汁と買ってきた惣菜」みたいな生活をしていると苦笑していた。
自家製卵という部分だけ切り取れば、丁寧な暮らし、かもしれないが。

すべてを「丁寧に暮らす」ことは、非常に難しい。
学校が再開して、わたしの業務時間も通常に戻り、毎日は再び慌ただしくなった。
手の込んだ料理はテイクアウトで購入、マスクは店頭に出回り出したので、わざわざ作らなくても良くなった(裁縫は楽しみでやってるけど)。

お金を払い、利用できるサービスは必要に応じて利用する。
丁寧ではないかもしれないけれど、テイクアウトの料理は、自分が楽だし、お店にはお金が支払われて、わたしたちはプロの料理を食べることができる。

みんながどんどん丁寧な暮らしを進めたら、経済は回らなくなるのかもなあ…と、中華屋さんの麻婆茄子を食べながらふと思った。

梅しごと、という単語に憧れるけれど、仕事をしている自分が、何日も干した梅の番をするのは無理なので、梅干しはお店で買う。餅は餅屋、の言葉があるように、プロの作った梅干しの方が確実に美味しい。

自分の興味のあること、好きな分野だけフォーカスして、丁寧を目指し、それ以外のことは程々に。田舎暮らしでも、都会暮らしでも。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?