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海賊の経済学〜見えざるフックの秘密〜

小さい頃から、ヒーロー番組の「悪役」を嫌いになれなくて。

悪役が立てた計画を、毎回ヒーローが見事に崩していく。見るたびに「ヒーローのかっこよさ」と「悪役は悪役で頑張ったのに」の両方が残りました。積み上げたジェンガを壊した時の爽快感と罪悪感に近いかもしれません。

このモヤモヤについては、一冊の本で割と簡単に解消されたんです。

悪役が毎回、計画を立ててお話をすすめるのに対して、正義の味方はリアクションするだけ。お笑いでいうところのボケとツッコミですね。
(「世界征服は可能か」p.18)

悪役がボケたものに、ヒーローはツッコんでるだけ。この構図で説明されると腑に落ちて、当時の気持ちの整理ができました。不思議ですよね😅


で、今日紹介するのは生粋の悪役「海賊」です。

参考文献が27ページにわたる(!)重厚な一冊で、様々な視点から海賊の実態を探っています。

ここでは、個人的に重要だと感じたポイントをまとめていきます!



見えざるフックとは??

タイトルにある「見えざるフック」とは、国富論(著:アダム・スミス)の「神の見えざる手」から来ています。

人はそれぞれ己の利益のために動こうとするが、市場という目に見えない調整機能が働いて、世の中の経済はうまく回る」というこの原理は、海賊にも当てはまるというわけです。

筆者は以下の3つの「経済学的な考え方」を軸に、海賊を分析しています。

1.個人は自分の利益を重視する。
2.個人は合理的である。
3.個人はインセンティブに反応する。
(p.10)

海賊だろうがなんだろうが、個人は自分が知る一番うまいやり方で、コストを下げつつ利益を手に入れようとするということですね。


海賊民主主義!?

粗暴な海賊が個人の利益を追求していくと、船は滅茶苦茶になってしまうのではないか?

一見、そう思えるのですが、実は海賊たちは船上に民主的な社会を作っていました。

海賊行為を行う上での指導者は、当然「船長」です。戦闘の時には絶対的な権限を持ち、素早く意思決定を行います。

一方で、船長に全ての権限が集中してしまうと、自分たちが不利益を被ると海賊たちは考えました。そこで、権限を分散するために作られた役割が「クォーターマスター」です。支給品の割り当てや、掠奪品の選定と分配を担当し、船長と対等な立場にあったとされています。

「船長」も「クォーターマスター」も船員の選挙によって選ばれるため、海賊船上は非常に民主的な自治が行われていたといえそうです。

では、なぜ、海賊たちはこんな民主的な自治を実現できたのか?

それには以下の2つの理由が考えられます。

1つ目は、民主的でない/公平でないことによって生じるコストが大きいからです。

私的な統治(ガバナンス)制度に対する負担を減らすため、海賊たちはけんかに発展して犯罪組織を分裂させかねないような、暴力紛争の機会をできる限り排除しておくことが必要だった。驚くことでもないが、たぶんそういう分裂の可能性としていちばん大きな要因は、お金だっただろう。不公平、えこひいきの疑惑、そして単なるねたみですら、海賊船上にはびこったら具合が悪い。こうした自然な人間感情が、利潤獲得という目的を阻害したり完全に破壊したりしないために、海賊たちはそうした感情の最大の源である、多大な物質的不平等を排除したのだった。
(p.90)

狭くて閉鎖的な海賊船という社会だからこそ、民主的でない/公平でないことによって生じるコストが大きくなる。だからこそ、海賊たちは公平かつ民主的な自治を望んだわけです。

2つ目は、自分たち以外の船主がいないからです。

一般的な商船には「船主」が存在し、船長は船主に雇わる形になります。その場合、船上を民主的にする必要はなく、むしろ船長に絶対不可侵な強力な権限を持たせていたほうが、船主にとって都合がいいわけです。

一方で、海賊船はそもそも盗まれたもののため、船主が不在。自分たちで自治する必要があるため、民主的であることができたということです。


海賊の「残虐な」イメージ戦略

海賊といえば、残虐なイメージもあるかと思います。小さい頃、ディズニーランドのカリブの海賊🏴‍☠️とか割と怖かったです 笑

感情の赴くままに残虐な海賊行為をしてそうな海賊ですが、ここにもきちんと考えられた理由があります。

それは残酷さのブランド名を発達させることで、無用なコストを避けて便益を増やすためです。

捕虜たちの受け身の抵抗は、海賊の利潤に対する脅威となる。捕まった水夫たちがお宝を隠したり破壊したりすれば、掠奪遠征が成功しても、そこからのあがりは減り、海賊一人一人の手取りは減る。海賊が、捕虜を拷問するという有名な手口を開発したのは、この問題への対応だった。貴重品を隠したり破壊したりする者(あるいはその嫌疑をかけられた者)に残虐な拷問をすることで、海賊たちは自分の稼ぎを減らしかねないふるまいを抑制できた。
(p.141)

「海賊は残虐な拷問をする」という噂が広まれば、争ったり拷問したりせずとも、お宝が手に入るようになる。

もちろん拷問という行為自体は道徳的に問題アリですが、きちんと合理的な理由の上に成り立っていたことに驚きました。


全ては利益を増やすために

今まで見てきた通り、海賊たちは個人の利益を追求していったがゆえに、結果として民主的かつ合理的な集団になったといえます。

まとめると、

①海賊たちが民主制を採用できた理由
・民主的でない/公平でないことによって生じるコストが大きいから
・自分たち以外の船主がいなかったから

②残酷さのブランド名を発達させることで、無用な争いを避けて便益を増やす。

になります。

海賊行為はフツーに犯罪ですし、その行為自体を肯定するつもりはありません。

しかし、海賊たちが追い詰められた環境の中で活路を見出そうと編み出した術の中には、今を生きる自分たちにもいかせるものがあるのではないでしょうか。

そう思うと、やっぱり「悪役」というイメージだけで嫌いにはなれないなと思ってしまいます。


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