子供を甘やかす(依存させる)事と、子供の甘え(依存)を受け止めることの違い

子供は幼いうちは自立する事が出来ないのが本来の姿で、依存する事が子供の仕事ですが、その甘え(依存)を大人が精一杯受け止める事で、子供は安心して、世界を安全な場所と認識するようになります。

それにより、子供時代に世界が安全な場所か危険な場所なのかの基本的な生きる構えができ、怯えに起因する行動をするのか、自分と人を信頼する事に起因する行動をするのかが決まってきます。

子供は育っていき、自分の興味のある物を手に取ったり、挑戦したり、なんでも自分でやってみたくなります。

それは成長に必要な学びの過程であり、よほど危険な事がないかぎり、大人はその行動に沿う必要があると考えます。
(まだ子供が幼いうちは刃物や割れ物など、危険な物を取り除いたり、大人が空間を整えておく必要があります)

どんなに小さな子供でも成長過程にあり、それは学びであり、自分で体験する事で様々な事を学習していきます。

子供が欲するところが学習の始まりになり、それが自立に繋がります。

前回のnoteで子供が幼いうちには甘える必要があると書きましたが、甘えを受け入れる事と、甘やかしとは意味が異なってきます。

甘えを大人が受け止めるという事とは違い、大人が子供を甘やかす事は、その学習の過程を大人が取り除き、自立の芽を摘み取る事になります。

そうすると子供は自分から欲する所を外部に奪われる事を学習してしまい、自ら挑戦する事をやめ、学習を停止し、現状に依存するようになります。

学校や現代社会では個人の欲する物事は悪いことだと教育していますが、それは人間の自立心を奪い、同時に社会性をも奪っていきます。
何故なら人間の自立心には、同時に社会性が含まれているからです。

ここで注意しないといけないのは、自立と自己責任論は違うという事です。

自己責任があるから自立しないといけないのではなく、自立は自らの欲する所であり、自己責任は、圧倒的な外部からの暴力だという事です。
困っている人を自己責任による暴力で制圧するのではなく、困っている人は助けるというのが健全な社会のありようです。

子育てにおいて、各家族という形態は、戦後、経済発展の為に打ち出された家族形態であり、子育てのための家族形態ではない為、必ず無理が生じます。

血縁関係など関係なく、たくさんの大人が非暴力的に子供に関わり、子供を守る社会にならなければいけないと感じています。

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