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#173 締めの時期じゃ〜

 こんにちは、鏑木澪です。

 今年も、年末に総括の記事(?)を書く予定なので、あまり書きすぎるとネタがなくなりますから、さっくりいきます。


 Spotifyの”まとめ”がでると「いよいよ年末だな」と個人的には思うもので、静かに焦っています。
(今年やるべきなのに、できてないことがたくさんある←)

 まだ1ヶ月ありますから、全てとはいわないけれど、やれることは全部やりきりたいです。


 さて、今年のSpotifyのまとめです。

#spotifywrapped2022

 正直、「今年は1万回再生超えてたらいいな」くらいの気持ちがどこかにあったので、この結果にはとても驚いています。

 リスナー数に対して再生数が多すぎるような気がするので、一部の人たち(もしかしてファン!?ッ)がよく聞いてくれいるのかなと想像します。

 ちなみに、昨年は楽曲配信を始めてから約半年で、

・2424回再生
・15人のリスナー(5カ国)

 このような結果でした。


 めっちゃ成長した……!


 わかります。

「お前、それくらいじゃ食っていけないだろ?」
「いや、もとがしょぼすぎるだけだから。大して成長してないじゃん」

 誰にいわれなくても、自分がそう思っています。

 ただ、昨年は「聞いてくれる人いるんだ(こんな無名の人間の曲)」と純粋に曲を聞いてくれた人がいたのが嬉しかったのをよく覚えていますから、聞いてくれる人がいるのを当たり前だと思って、数字だけ追いかけるようになるのは、私は嫌です。

 どんな人が、どんな状況で聞いてくれたのか

 私がその全てを知るのは不可能であるし、知ったからといって、私にできることなんて、何もないのだけれど、せめて、考えるのはやめないで、”聞いてくれた人”の存在を忘れないでいたいと思います。 

「こういう人に聞いて欲しくて、この曲を作った」

 特定の人を想像して、特定の効果を生むことを目指した曲を作ったことは、私にはまだありません。

 毎回、自分が聞きたい曲を作ってはいるし、それで誰かがその曲を好きになってくれたとしたら、素敵なことだと思います。

 まぁ、これではただの独り善がりですよね。

 創作活動というのは、「私はこれが好きだし、良いと思うんだ! あなたは、どう思う?」と問いかけるものでもあると認識しています。

 ですから、「あなたがこれ好きそうだから、作ってみたよ!」というのは、悪いことではないけれど、ちょっとつまらないというか、私は誰かも知らない”あなたが好きなもの”なんてわからないし、まずは自分の好きなものを追求しようということで、これまでやってきました。

 まぁ、ちょっと流行りを分析するようなことはしていたのだけど、あまりうまく取り入れられませんでした。
(流行ってるのはわかるけど、自分は好きじゃないとか、単純に自分でやろうとするとうまくいかないとか、いろいろあるんだな)

 これからは、少しずつ「どういう人に聞いてもらいたいか」「私は何を伝えたいのか」を意識した曲作りもできるようになりたいです。

 そもそも、それなしでどうやって曲を作ってんだ?

 我ながら不思議です。


 個人的に、音楽は言葉より親しみ易いです。


 小説を書こうと思ったら適切な言葉を探すように、音楽でも必要な音であるとか、適切な音であるとか、より効果的な音は存在するのだろうけれど、それがどんな音なのか学ばなくても、聞けばある程度わかります。

 音楽の素養がない人でも、マイナーコードを聞けば「暗い」、メジャーコードを聞けば「明るい」とわかる、そのレベルの話です。

 全く知らない言語でも、話しているトーンで大まかな感情がわかるように、欲しい音を拾っていけば、自然と曲になっていたりして、、、

 というのは理想で、やはりある程度は理論的に作らないと、今の私の力では曲にできません。

 しかし、これが言葉であったなら。

 たとえば、「赤い実」といったら、私が想像しているのが林檎だったとしても、情報が不十分であるために、「いちご」「トマト」「さくらんぼ」などなど、林檎以外のものを想像する人も多いでしょう。

 それを「春に白や薄紅の花を咲かせるバラ科の落葉高木、その果実。外皮は赤や黄緑、または黄色で、果肉は淡黄色から白色のものが多く、蜜が入っているものもある」と説明したところで、全員が林檎に行き着くために十分な情報が入っているか怪しいです。

 ”林檎”という言葉を知らないだけで、こんなに不便。

「林檎は赤い実ではないのか?」といったら、そんなことはありませんから、林檎を”赤い実”と説明するのは間違いではありませんが、より正確に伝えようと思ったら、あれこれ説明するより、林檎を渡して一口齧ってみろといったほうが絶対に話が早いです。

 そういえば、上の説明では一切、味について言及していませんね。

 蜜が入ってるとはいってるか。
(甘酸っぱい印象なのに、蜜だけだとただの甘い果物っぽい←)

 言葉って、ちゃんと伝えようとするほど、必要な情報が抜け落ちていることに気がつくようで、うまく使いこなせません。

 より厳密に表現したいと思うから、そう感じるのでしょうか。

 その点、音楽は少し大雑把でも許されるような気がしています。

 それこそ、「知らない言語でも、トーンで大まかな感情はわかる」の域でできることが沢山あるし、そういった表現のほうが、私には心地いいです。


 全てはわからないけれど、”伝わる”って感じが好きなのかな。


 とかなんとか、書いているのが文字で、言葉なもので、どこまで私のいいたいことが伝わっているのやら。

 小説を読むのは好きですし、自分でも書きたいと思っているので、「言葉は苦手だぁ」といっていても仕方がありません。

 日常生活で使っていない語彙を多用すると、辞書を引きながら読まなければならない、わかりにくい文章になってしまう可能性が高いので、普段使いの言葉を上手に組み合わせる力のほうが重要そうです。

 作詞をする時にも、それを感じます。


 結局、言葉から逃れられない。。。。

 それだけ便利ってことなんだろうな。
(なんか矛盾してるけど←)


 なにはともあれ、今年もあとわずか。

 どうにか、新曲を完成させるのが、今の目標です。

 もう、オケ(伴奏)はできているので、あとは歌入れだけなのですが、ここで歌がはまらなくてボツにすることが多々あります。

 ちゃんと仕上げようぜ、私。

 年末進行というほどスケジュールが詰まることは、今の私にはありませんが、なんとなく、昔の名残で気持ちが落ち着きません。

 何かを成し遂げると、ちょっと安心しますし、そういう意味でも完成させたいです。

 よっしゃ、がんばるぞー!

 ではでは〜

 16,1

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