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新選組の料理人

年末から「戊辰戦争」についてさまざまな文献と向かい合っていますが、やはりそうした中で避けられないのは「新選組」です。
私の年代では、既に新選組を「悪の権化」と捉える人は少ないのかもしれませんが、子母澤寛が「新選組始末記」などを発表するまでは、良いイメージを持たない人も多かったのではないでしょうか。

物語の背景

そんな新選組ですが、「壬生みぶ浪士組」時代から少し下り、組織として体裁を整えつつあった蛤御門の変(1864年)から物語は始まります。
主人公は、菅沼すがぬま鉢四郎はちしろう
備後びんご国福山藩の出身で、京都には見初めた女性を連れて駆け落ちしてきたのですが、貧乏暮らし。
蛤御門の変の後の炊き出しで、新選組十番組長である原田左之助と出会い、それをきっかけに新選組に「賄い方」として入隊するのですが……。

この鉢四郎ですが、武術のほうは今一つでも、料理の腕はピカイチという風変わりな人物です。
さらに、我が子の離乳食まで手掛けるような良き夫であり、今なら理想の夫とも言えるかもしれません。(ただし貧乏ですが……)

ですが、時は幕末。
そんな「マイホームパパ」のような人物に、世間の風は厳しい。
「料理さえできればいい」はずの鉢四郎だったのに、妻子との別れをきっかけに、新選組の泥沼にズブズブと飲み込まれていきます。
新選組の大阪における「ぜんざい屋事件」など、マイナーな事件も取り上げているのが、この作品の面白いところかもしれません。

それと、新選組の作品の中では珍しく、「原田左之助」をメインキャラクターとして扱っている点でしょうか。
左之助は幹部とはいえ、妻帯者だったのはどう思われていたのか。
その心情を読み解くのも、本作を理解するポイントと言えるでしょう。

※ちなみに、私自身は本作では左之助と仲が悪いとされている「斎藤一」が新選組の隊士の中では一番好きです。
なぜか、新選組の中では悪人扱いされることが多い人ですが(苦笑)。

新選組ファンには怒られそう

ただし、この作品は好き嫌いが分かれると思います。
新選組のファンからすると、色々と中途半端で物足りなさが残るかな、というのが素直な感想でしょうか。
怯懦ヘタレな鉢四郎と、快男児と言われた左之助の組み合わせ自体は面白いのですが、王政復古の大号令により新選組が京都から引き上げることになった顛末で終わるまでの途中経過が、どうにも消化不良。

また、鉢四郎の父親としての覚悟や武士道の覚悟のような切れ味が、今ひとつ足りない気もします。
食い詰めた浪人が給金につられて新選組に入り、あくまでも料理人として重宝されたに過ぎない、という設定でとどまっている印象です(実際には違いますが)。それで尚更、もやもやが残るのかもしれません。

なにせ、新選組はやったことの良し悪しは別として、とにかく活動が派手。
池田屋事件だけでなく、その後も数々の派手な事件を起こしているのですが、そうした事件らしい事件がほとんど絡められていない。
ただの平隊士ならともかく、賄い方として台所を差配する人であれば、そうした事件が耳に入らないわけがないと思うのですが……。

時系列で言えば、鉢四郎の入隊後、山南敬助の切腹や伊東甲子太郎が率いる御陵衛士一派との対立、それに続く油小路の変などもあったはずです。ですが、いくら鉢四郎が事務方の人間とはいえ、こうした史実に触れなさすぎでは?
別の仕掛けどころについても、「史実逸脱」と言われかねない設定があり、気になります。

さらに、実際にあった事件なのか疑問はありますが、左之助の息子の誘拐事件も、無理に長州との対立構造に持ち込むよりも、(内部犯説に基づくならば)勤王思想に基づいた御陵衛士の仕業にした方が自然だったのでは……。

・・・という数々の疑問が残りました。

もう少しボリュームを増やしても良かったのでは

作り方としては、新選組の史実を全部拾い上げる必要はないとは思います。ですが、新選組が関わった主要な事件について述べられていないので、新選組の凋落の道筋が見えにくいのもまた事実です。
鉢四郎が左之助と出会った頃が新選組の絶頂期だったとすれば、その後の暗転を描くのに、もう少しエピソードを増やしても良かったのでは……と感じました。

個々のエピソードは面白いだけに、一連のストーリーとして捉えた場合に、印象がバラけてしまったのが残念です。
奥付を読むと月刊誌で飛び石連載だったようですから、本として出版する際に加筆すると、ストーリに一貫性が出て、物語としてもっと丁寧なつくりになった気がしてなりません。


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