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欲望のまま素直に生きることが人間の美しさ


坂口安吾のことは全然知らなかったんですが、この『堕落論』という背徳感あふれ、しびれるタイトルに惹かれ読んでみました。
結果、この本、かなり自分の中では好みの本だった。
堕落のことだけではなくて、青春論だったり恋愛論だったりその他いろいろ論が掲載されている。
彼の一貫した思想というかテーマがでんと横になっていて、しびれるような毒舌や批評とともに、自分の思想を熱く語っている。
ただ悪口を言って終わり、ではなくて、きちんと自分はこう思うのだ、こういうところが納得行かないのだ、そうじゃなくてこうだろう! と力説しているところがまた惚れ惚れするような持論で、読んでいて気持ちがいい。

当時の小林秀雄とか夏目漱石とか太宰治とか、はたまた戦後の日本の空虚さとか天皇制のシステムとか、日本の剣豪宮本武蔵にまでその牙を向ける。
彼らの生き方は自分は納得できない。
建前ばっかり立派だけど、その実中身が伴ってなくて薄っぺらい。
人間はもっと泥臭く生きなきゃならんのだよ。
目の前のことに必死にしがみついて、ギリギリのところで踏ん張って、己の欲に忠実で、人のことなんか考えずに自己実現のために生きるのが人間ってもんだろう。
美しさは人間の肉体に宿るんだ。
風景の美なんてものを愛でてその気になっているが、人間が本質的に求めているのは人間であり、肉体であり、肉欲であり、死までの有限の時間をいかに精一杯生き抜こうとするかが人間の美しさであり務めだ。
欲に素直でいることこそ人間らしいことではないか。
日本に流れる勤勉さとか貧困をしのいで苦労に耐えるとか、そんな誰も得しないようなことを押し付けてどうする。
生活が便利になる道具は何でも使えばいいじゃないか。
生活を楽にすることの何が悪い。
便利になることの何が悪い。
必要だから使うのであって、エンエン言いながら苦労を請け負えなんてまっぴらゴメンだ!
自分がやりたいからやるのだ、人のことなんて気にしている場合じゃない、自分が生きるのが精一杯なんだ!
みたいな、当時の日本の思想からは真逆の道を行こうとしている彼の考えは反逆者のよう。
世間に迎合することが好きではない自分としては、彼のような思想はとてもかっこよく見え、今では炎上しそうな意見でさえ臆せずに発言してぶった切るところとか、ワイルドでアウトローな感じがたまらなくいい。

『五輪書』を書いた宮本武蔵のことを「あいつは奥義が書けるような中身はないのだから、悟ったふうに書いたところでトンチンカンなものしかできない」だの、
夏目漱石に対しては「彼の作品からは人間の身体が感じられない」だの、
大御所の人たちをここまで辛辣に批評している文章を初めて見て、「この人はなんて大胆な人なんだ」と感心したと同時に、ここまで言いのけてしまう思い切りの良さに爽快感も覚え、一気に好きになってしまった。
人間の恋愛はもっと肉肉しくなくては駄目だ、それを証明するための小説を書こう、どうせなら作品が出来上がるまでのことを日記に残そう、ということで書かれた日記もまた面白かった。
なかなか登場人物がうまく動かずに全然書けない、今日も書けない、暑すぎて書く気が起きない、3ページしか進まなかったなど、作家としての苦労が赤裸々に綴られていた。
それを読んで、「先生でも筆が進まないのだから、凡人の自分が書きたいのに書けないのは当然のことだな」と変な納得感が浮かんだ。
こんなに筆が進まなくて苦しんでいるのに、色んな出版社の編集者が訪れては原稿の約束をして仕事が増えていく。
果たしてこんなに引き受けてこなせるのだろうかと心配になるのだが、それこそが作家であり腕の見せ所なのだろう。

現代の日本に通じるような思想を戦後にぶち上げていた坂口安吾。
堕落することの何が悪い。
堕落して地獄に落ちてこそ人間というものだ、という良い意味でクレイジーな思想に惚れ惚れした。
もしかしたらちょっと解釈が間違っているかもしれないが、大方そんなところだろう。

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