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愛嬌のある登場人物たちが紡ぐ、出会いの短編集


伊坂さんの作品は何作か読んだことがあるけれど、僕の中ではどんな作品も安定した面白さがあって、推しの作家でもある。
伊坂さんの作品に登場する人物はどれも個性があって、愛嬌もある。
そんなキャラクターたちが描き出すからこそ、より一層作品に魅力と深みが出るのだろう、と感じている。
僕が読んだ作品の中には殺し屋が出てきたりと、なかなか物騒な作品や人物が多いのだが、とはいえそんな殺し屋にも人間味があって、憎みきれない魅力が引き立てられている。
今回の作品は殺し屋シリーズではなく、「恋愛もの」を描いている異色? の作品でもあるが (本人が解説でそう言っていた) 、あいかわらず愉快な人物たちに溢れていた。

一番印象に残ったのは、人にネチネチ絡んでいるクレーマーないい大人を返り討ちにする場面。
返り討ちというか心理的プレッシャーを与えて自滅させる手法なのだが、その場面が上手く心理を突いているようで、「なるほどそういう返しがあるのか」と非常に参考になった。
店員にクレーを言っている人に向かって仲裁に入った人が、
「その人の父親が誰だか知っていてそんなこと言えるんですか? 自分だったら怖くてそんな言葉遣い死んでもできませんよ…。自分はこれ以上巻き込まれたくないからすぐに退散しますけど、気をつけたほうがいいですよ」
と、あたかもクレーマを心配するような素振りを見せながら、言いがかりをつけている相手は只者じゃない感を匂わせ、それぐらいにしておいた方があなたの身のためですよ、と不気味な助言して去っていくというもの。
諭された相手は訝りながらも当初の勢いが崩れ、相手は何者なんだろうか、もしややばい相手を相手にしてしまったのだろうか…と自信暗記にさせ勝手に自滅していく。
クレームを言う人物は、自分よりも弱い者にしか威張り散らすことができないため、相手が自分より強者と分かれば手出しできない、という心理を見事に突いているなと思い感心してしまった。
相手はやばいやつだと思わせる作戦、とても参考になった。

この作品の登場人物で一番好きだったのは織田一真という人物である。
彼の大胆でもあり適当でもありおちゃらけた気楽な人物は個人的にもとても好きで、何ならそういう人物になりたいとさえ思っている。
彼と結婚した奥さんも、彼のことをズボラだとか適当だとか言いつつも、ストレスをためない程度に軽く受け流しているからこそ、結婚生活も意外と長続きするのだろう。
相手を変えようと試行錯誤するのではなく、もうそういう人でどうしようもないといい意味で諦めるからこそ、力を抜いて付き合えるのではないだろうか。
でもそういうふうに割り切れる人ばかりではないので、中には別れたり離婚したりする人も出てくる。
いろんな出会いの瞬間と別れを、重たくならないように描いているところが読みやすい。

人はいろんな出会い方をして、どこかで誰かを通して薄くつながっている。
それぞれの短編集を通して、誰かと誰かがどこかで関連し合っているような物語は、なんとなくニヤッとしてしまう。
最初に出てきた人物が別のところで関わっていたり、いつかの友達が結婚して子供を産んでいたり、その子供が大きくなって意外な人物と関係し合ったり。
一人の主人公にフォーカスする物語もいいけれど、つながりのある登場人物が出てくる短編集もサプライズがあるとより面白さが増す。
誰と誰がどういう関係性で…と紐づけながら追っていくのもたまにはいい。

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