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【短編小説】公園と海

《あらすじ》
子供のころ、何になりたかったですか?
夢はありましたか?
叶いそうですか?
公園での老人と少年の会話で、本当になりたい自分を振り返ることが
できるかもしれません。


 受験生という言葉が重くのしかかる、
18歳の俺。
特に学びたいこともない。
だけど、当たり前のように敷かれたレールを転がっている。

 最近夕方になると、散歩に出かける習慣がついた。
机に向かってばかりでは体力も無くなるし、
なにより心が煮詰まるのだ。

 夏の暑さも和らいで、
少し涼しさを感じられるこの時間。
コンビニでドリンクを買い、近くの公園のベンチに座る。
目の前には、遊具で遊ぶ複数の子供たち。
そういや俺もよくこの公園で遊んでたな。

 少し離れた隣のベンチには、
淡いブルーのキャスケット帽をかぶった高齢の男性が、
微笑ましそうな顔で子供たちを見ている。

 流れる時間は緩やかなのに、子供たちの甲高い声は
「楽しい」が詰め込まれていて忙しい。
滑り台を逆走して駆け上がる男の子。
縄跳びで2重飛びの練習をしている女の子。
走り回って騒いでいるのは、鬼ごっこでもしているのだろうか。
砂場ではおさがりなのか、年季の入ったバケツで遊ぶ子供たち。
そしてそれを見守りながら、井戸端会議に花を咲かせている母親たち。

 なんて穏やかなのだろう。
今この公園で見える、これも現実。
俺の受験生というこの状況も現実。
いくつもの現実がこの世界には存在するのだ。

 俺はどんな大人になりたかったのだろうか。
この子供たちの年齢のころは、将来あれがしたい、こんなことがしたい、
なんて思い描いていたはずなのに。
今は忘れてしまってわからないや。

 隣のベンチに居た高齢の男性が
「よっこらしょ」
と言う声と共に立ち上がった。
ゆっくりな足取りで俺の前を通り過ぎる。

 その時、チャリンと音がした。
男性が、鈴のキーホルダーがついた鍵を落としたのだ。
俺はすぐにしゃがんでそのカギを拾い上げた。
俺が男性に鍵を渡すと、
「ああ、すまんね。」
といい、俺は
「いえ。」
と返した。
そして男性は、再びゆっくりとした足取りで公園を後にした。

 次の日。
俺はまた公園に向かった。
昨夜から降っていた雨も昼には止み、
公園はいつものように賑やかだった。

 まだ照り付ける夏の太陽のせいか、遊具はすっかり乾いていた。
そのおかげで、子供たちはいつものように遊んでいる。

 昨日居た高齢の男性が、また同じベンチに座っていた。
男性は俺を見つけると、ゆっくりとした足取りで
俺の方に歩み寄ってきた。
そして、
「昨日はありがとう。」
と俺に言った。
俺は驚いてしまい
「いえ、そんな…。」
と言う言葉しか返せなかった。
「横に座ってもよろしいか?」
と聞かれたので、俺は断る理由もなく、
「どうぞ。」
と答えた。

男性は缶コーヒーを、俺はペットボトルのコーラを片手に
隣同士で座り、少しの間、楽しそうに遊ぶ子供たちを見ていた。

 「あの、滑り台を駆け上がっている子がいるだろ?」
男性は滑り台に目を向け、俺に言った。
「あ、はい。」
「あれは正しい遊び方ではないし、危ないという大人もいるだろう。」
「そうですね。」
「でもな、あの子は今でこそ、滑り台の上まで駆け上がることができているが、つい最近までは、途中までしか登れなかったんだ。」
「そうなんですか。」
「そこであの子は、なんで登れないんだろう、と考えるんだ。」
「はい…。」
「そこでな、助走が足りないということに気づいたんだよ。それで
滑り台までの走る距離を少しずつ伸ばしていって、やっと上まで登れるようになった。」
「そうなんですか。」
男性は持っていた缶コーヒーを一口飲む。
俺もどうしていいかわからず、コーラを飲む。

 「あの、砂場で遊んでいる子もな。」
「あー、あのバケツを持っている子ですか?」
「そう。あの子は最初、バケツに砂を入れてひっくり返して、綺麗なかたちを作ろうと頑張っていたんだ。」
「今は綺麗に作れていますね。」
俺は砂場にしゃがみこんでいる子供の方に目を向けた。
「そう、今は綺麗なかたちを作れるようになった。でも最初は崩れるばかりで、なぜ綺麗なかたちにできないんだろう、と考えていたんだ。」
二人で見ている砂場の子供は今、バケツで綺麗にできた砂の塊を満足そうに見ている。
男性は話を続ける。
「ある日、あの子は他の子が同じようにバケツに砂を入れているところを見たんだ。その子は、バケツに砂を入れた後、上から砂を押さえつけていた。そしてあの子は学んだ。そうか、固くすれば崩れないんだって。」
「なるほど。」
「子供はいろんなところから学んでるんだよな。大人になると、さあやるぞ!って決意して取り掛かることが多いが、子供は違うんだ。親や周りの子供たちや、日常風景からたくさんの事を学ぶ頭を持っている。」
「本当にそうですね。」
「俺たちもそうだったはずなのにな。いつのまにか人と合わせることばかり学ぼうとする。」
「そうですね。僕もそうです。」
「協調性は大事だが、みんな同じではつまらない。俺はこの歳になってそう思うんだ。」
今の俺の状況を知っているのかと思うほど、男性の言葉が心に響く。
「君は今、何かを学べているか?」
男性の問いに言葉が詰まる。
「同じ毎日でも、きっと何かは学んでいるはずなんだよ。当たり前すぎて気づいていないだけなんだ。」
「そう、思います。」
少し間があった後、
「さあ、行くかな。話し相手になってくれてありがとう。」
男性は立ち上がった。
「いえ、こちらこそ。」
俺も立ち上がり、軽く頭を下げた。
そして男性はゆっくりとした足取りで歩き、公園を後にした。

 男性が公園を後にし、俺はしばらく考えた。
そうだな。何もみんなと同じでなくてもいいんだ。
わかってたことなのに、俺は向き合っていなかっただけだ。

 子供たちにとって公園は、海のようなものなのかもしれない。
海の広さや深さをどう感じるか、一人で泳ぐのか、みんなで泳ぐのか、誰かの泳ぎ方を学ぶのかは自由。
それは、公園の広さや自分の冒険心をどう感じ、ひとりで遊ぶのか、みんなと遊ぶのか、誰かの遊び方を学ぶのも自由と共通している。
そして公園という海原は、訪れる時によって、見え方も感じ方も遊び方も違うだろう。
子供たちがもう少し大きくなったら、恋人と一緒に話す場所になるかもしれない。
社会人になったら一息つく場所になるもしれない。

 そして、その時々で何かを考え、学ぶことがあるはずなんだ。
俺は、もうしばらくこの海原で、自分の素直な気持ちに戻れるように、
真っ白になってみようと思う。
今日のコーラは、飲み切ってしまいそうだな…。





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