見出し画像

パワハラと非パワハラの境界はどこにあるの?

労働施策総合推進法の改正により、職場におけるパワハラについて防止措置をとることが、会社の義務となりました
この義務は、2022年4月から、中小企業についても適用されます。

パワハラ防止措置として、具体的に何をすればいいのかについては、この記事で記載しましたが……

パワハラ防止については、どこまでは問題のない”指導”で、どこからがパワハラなのか、境界線が分かりづらいというのが1つの問題です。

この境界線が分からなければ、萎縮効果が生じます。
上司が、パワハラと認定されることを恐れるあまり、まともに部下を指導することすらしない、できない、ということになってしまうのです。

パワハラか否かは、最終的には裁判所が認定するものですので、裁判所の判断を参考に、各企業においてパワハラの境界線を考えていく必要があります。

これからご紹介する裁判例は、1つの裁判の中で、1人の上司の行為は違法行為だが、もう1人の上司の行為は違法行為ではない、と認定されたものです。
この裁判例に「上司の行為はパワハラか否か」の限界を読み取ることができます。以下、紹介していきます。


福岡高裁平成20年8月25日判決

自衛官が自殺したことについて、上官ら(上司ら)の行為が原因であるとして、国の責任が問われた事例です。

この裁判例のうち、登場する上司A上司Bの行為を比較してみます。まずは、上司Aについて。

【上司A】
直属の上司。毎日の指導の中で継続的に厳しい発言があった。
「お前は三曹だろ。三曹らしい仕事をしろよ。」
「お前は覚えが悪いな。」
「バカかお前は。三曹失格だ。」
「仕事ができんくせに、三曹とかいうな。」
「バカ、バカ」と繰り返し発言。
【上司Aと被害者の関係】
・「(上司Aから)分からないことを質問されたり、機械の分解など分からないことを部下の前でやらされたりして,非常にきつい」と同僚に相談していた。
・「明日は何を責められるのかと思うと眠れない。」「眠れても1,2時間程度だ。」と同僚に相談していた。
・夜まで仕事の勉強を一生懸命にやっていたが、成果が出ないようで、悩んでいた。

一方で、他の上司であるBについては、次のような認定がなされています。

【上司B】
直属の上司ではないが、以前の護衛艦で上司部下の関係であり、その後も、さまざまにXを指導をしていた。
「ゲジ2(トランプの最低のカード「クラブの2」の意味。)が2人そろっているな。」
「お前はとろくて仕事ができない。自分の顔に泥を塗るな。」と発言。
過去、被害者から焼酎を贈られたことから、被害者に対し、焼酎はいつ持ってくるんだ、と言い、「百年の孤独(焼酎の銘柄)要員」と呼んだ。
(別の隊員に対して)多数決で丸刈りにするかどうかを決めさせ、丸刈りにさせたことがある、という話を聞かせた。
【上司Bと被害者の関係】
・家族ぐるみでの付き合いがあった。
・死亡当時乗艦していた護衛艦への配属も、上司Bが推薦したために実現した。

いずれも不適切に思える発言がありますが、裁判所は、上司Aの行為は違法、上司Bの行為は違法ではないと結論づけました。

「違法とまではいえないパワハラ」という類型もあろうかと思われますが、そのような例外を考えないこととすれば、違法なパワハラと、そうとまではいえない行為の境界が、裁判所によって示されたといっていいでしょう。

画像1

違法行為(パワハラ)と認定された上司

裁判所は上司Aの発言を、半ば誹謗していたものであり、心理的負荷を過度に蓄積させるようなものであったとし、「指導の域を超えるものであった」と評価しました。

また裁判所は、被害者は技能練度において不足している面があり、執務中に居眠りをしたこともあるなど消極的な執務態度であったとも述べています。
さらに海上自衛隊の護衛艦という職場の特殊性から、事故が発生した際には人命や施設に大損害が及ぶおそれもある上、危険な任務に臨むことも想定されるため、「ある程度厳しい指導を行う合理的理由はあった」という前提は肯定しています。

しかし、その上でも上司Aの言動は、被害者の人格自体を非難、否定する意味内容のものであったとともに、階級(三曹というそれなりの階級)に関する心理的負荷を与え、劣等感を不必要に刺激する内容だったとし、妥当なものではなかったと結論づけています。

違法行為(パワハラ)ではないと認定された上司

その一方で裁判所は、上司Bと被害者は、概ね良好な関係にあったとしています。
被害者は2回にわたり、自発的に上司Bに焼酎を持参した、上司Bは被害者の乗艦勤務を推薦した、家族ぐるみの付き合いがあったこと等からすれば、客観的にみて上司BはAに好意をもって接しており、被害者もある程度はこれを理解していた、と認定しています。

裁判所は、このような関係性の上での、上司Bの言動は、被害者や平均的な耐性を持つ者に対し、心理的負荷を蓄積させるようなものであったとはいえないから、違法性がないとしました。
また裁判所は、「上司Bの言動の一部はAに対する侮辱ともとらえることのできるものではある」としつつも、親しい上司と部下の間の軽口として許容されないほどのものとまではいえないとしています。

加えて、これらの上司Bの発言が繰り返されていたこともないし、職務を執行するにあたってなされた発言ではない、とも裁判所は指摘しており、侮辱的発言の繰り返しや、侮辱的な言動は職務上の評価についてのものであるか、とうい観点も考慮されました。

画像2

まとめ

上記のとおり、一見して不適切な発言が見受けられる上司についても、そのすべてがパワハラというものではありません。それが指導の域を超えるか親しい上司と部下の間の軽口として許容される程度のものか、というところに、パワハラと非パワハラの境界があります。

以前の記事でも書いたように、セクハラは「相手がセクハラと感じたらセクハラ」という面がありますが、パワハラはそうではありません。職場には、適切な上下関係及び指導が必要であり、その域を超えた場合に限って、パワハラは問題となります。

特に管理職においては、パワハラと非パワハラの境界について理解を深め、パワハラとなるような行動は絶対に避けながらも、必要な指導はしっかりとすることとし、上司としての責任を果たすことが求められます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?