過去へご招待、あたらしいコミュニケーション

が、できるのかもしれません。(もう存在するようでしたら読み飛ばしてください)

つまり、自身の過去に登場した人々を仮想現実へご招待するのです。自身の記憶にある通りに再現し、あのヒト、あのモノ、あのトキ、あのオモイをもう一度共有する。

すると、どうなるか。

自身が記憶していた状況と、ご招待した人々の記憶の差が見えてくる、感じることができる。もし、なにかのわだかまりがあれば、解けていくのかもしれないし、わだかまりがなかったと記憶したあの頃と違って、各々の立ち位置がはっきりしてくるのかもしれません。

ビジネスではどうでしょう。おとといの会議を再現してみる。そうすると、ビジネスの落とし穴が見えたり、逆に、見えなかったチャンスを発見するかもしれません。即座に、参加者を過去へご招待。見えたり見えなかったりを共有するのです。

リアルタイムのもう一人の私と、過去の私の再現。関係した人々と "過去の今" を分かち合う。

ですが、恋愛となると、ちょっと、様相が違ってくる。「やっぱり、あの人が好きだった」と "冷静に告白" されてしまう。なんとなくわかっていたが最後通告的別れ話がその他の招待客と共有する空間で進んでいく。残酷な過去の共有。

事件解明ではどうか。刑事事件でなくとも、過去の責任追及にかかわった人々をご招待。映像はサスペンスドラマそのもの。"実在した人物" から様々な証言が飛び出てくる。場合によっては、アバターどうしのつかみ合いのけんかとなる。そして、環境や物証は証言とともに即座に訂正され、自身の記憶していた情景と他人が記憶した情景が混合し徐々に変化していく。舞台背景が証言とともに変わっていくのです。

では、自身の記憶だったりビジネス再現だったり事件解明だったりの変化をその過去に全くかかわらなかった人々が診ていたとしたら。おそらく「アハ体験」と同様の心理が働くのでしょう。

過去に関係した人々では気づかない「未知の物事に関する知覚関係を瞬間的に認識する事、認知過程が完了した後に現れる特徴(アハ体験:Wikipedia参照)」を経験することになります。

アハ体験の四つの特徴「第一に、アハ体験は突然起こる。第二に、問題解決がスムーズに行われる。第三に、アハ体験は肯定的な感情を引き起こす(ビューラーは歓喜 (Lustbetonung) としている)。第四に、閃いた人はその閃きの正確さに疑いを持たない(Wikipedia参照)」。

いわゆる "外野" を含めた「仮想過去(Meta Past...verse : メタパストバース?)」の誕生。

なにかの問題解決のための仮想 "過去" 現実。気づきからナッジを生み出し、解決へ向けるあたらしい仮想現実。

だとすれば、今、あの紛争間近に関係する人々を仮想過去にご招待し、"外野" に気づいてもらいナッジをもらう工夫をすれば、戦争はなくなるのかもしれません。

でも、ここでもアバターによるつかみ合いのけんかになる。肘で突いて解決を促したら "強いやり返し" が発生して暴走して、収拾がつかなくなる。外野も加わって場外乱闘になる。

されど、アバターであるなら命は取らない。とばっちりでなんら過去にかかわりのない人々の命をとることはない。そこは、仮想現実だから。


結局、あたらしいと思ったツールも、人をぶったたく道具にしかならないのかな。なんだか、悲しい発見でした。


#日経COMEMO #NIKKEI

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