プロローグ「日本で最も世界中の国や人々を見てきた日本人」

「日本人が客室乗務員として、一番乗務できる国数が多い航空会社はどこか」お考えになったことはあるだろうか？

JAL？ANA？大韓航空？トルコ航空？いやいやそうではない。

それは中東アラブ首長国連邦・ドバイにある”エミレーツ航空”だ。JALやANAではアフリカや南米に就航していないどころか、ヨーロッパですら全部で4～5か所ほどしか飛んでいない。大韓航空やトルコ航空は、日本人乗務員は日本との往復が基本。そんな中エミレーツはロンドンだけで3空港、イギリスで言えば8空港就航。しかも一日1便どころか、一日9便もあることも！！

ただ一つ、この航空会社で働くのには「ドバイに移住すること」が条件。それでも「世界中をお金をもらいながら見てみたい！」というのが客室乗務員になった一番の理由だった私はこのエミレーツ航空に転職し、ドバイに移住した。最初は「3年くらいやって日本に帰ってこよっかな」と思っていたのに、いつの間にか10年以上も住むことになったのだが。

エミレーツ航空の特徴はもう一つある。「国籍も性別も関係なく、客室乗務員全員に平等に昇進の機会がある」ということだ。細かく言えばまぁ完全に平等ではないけれどこれはまた別の機会に話すとして、これは私にとってはとても画期的だった。それまで台湾の航空会社の日本人客室乗務員として雇用されていたが、中国語も台湾語も話せず、在住国、給与体系から法律まで何から何まで違う「外国人の私たち」には平等な昇進機会はなかった。今では変わってきているが、中国語を学んで努力しても、台湾人の中にポツンと一人で乗務しているときはやっぱりどこか”疎外感”を感じてしまう・どんなに頑張っても昇進の機会はない。「この会社で続けていきたい」という思いを薄れさせるのには十分だった。

結果的にエミレーツ航空でも総括責任者になる機会も与えられながら長年一平社員として乗務してしまったけれど、それこそ世界で一番過酷な条件で働かされている出稼ぎの人たちがすし詰めになったエコノミークラスから王族一族で貸し切ったファーストクラスまで、本当にたくさんのものを見せてもらった。楽しいことだけでなく、しんどいこと・苦しいこと・悲しいこともたくさん。一緒に働いた同僚の国籍だけでも130か国を超えた。

休みの日にはヨーロッパまで最短5時間弱、航空券が福利厚生で往復2万円しないという恵まれすぎた環境の中、休みを見つけては飛行機に飛び乗って世界中を巡った。「今日はイタリア、明日はドバイ、明後日はオーストラリア」といった生活を続けていたことの非現実さを、今では自分でもとても信じられないほどだ。でもそうやって休みの日も旅を続けた私が巡った国の数は108か国になった。しかもその中には何十回と訪問した国もたくさんある。

結婚＆コロナ禍で日本に帰国し日本にずっといる生活に慣れ、ついこの非現実的な生活を忘れかけていたがふと思った。「この経験を書き残さないのはもったいなすぎる」のではないかと。記憶は時間が経つにつれどんどんと美化され、しんどかったことも良い思い出となりかけている。でもあの生活がしんどくても非現実的で、私の人生において最も自由を謳歌し、やりたいことが出来た10年間だったこと。世界中のたくさんの国の人たちのエゴイスティックな部分を見せられながらも、それぞれの文化を尊重（妥協）して一緒に働き、たくさん話をして、時に支えあったこと。ひと時旅をするだけでなく何度も訪れ、その国の人たちと働き、その国の人たちを接客する生活を10年以上も続けていた私は、「日本で最も世界中の国や人々を見てきた日本人」なのではないか。それを書き残したくなった。

英語ができて体力があるというだけで世界は格段に広がった。そして世界に出たおかげで、より自分は日本の文化を持っている日本人で、どんなに外に出ても結局最後には心が日本に戻ってきてしまうということもよく分かった。

私の経験が皆さんの旅の意欲を掻き立てられたら幸いです。

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