見出し画像

友人「A」(後編)

※この記事はフィクションです。

ドラッグストアからの帰り道、雨が降り始めたその時、あいつからラインが来た。

情報屋はラインのトークにURLを貼り付けて送信していた。その下に、

「これ偶然見つけたインスタの投稿。写真の端にいるのA君じゃない?」

私はURLをタップし、インスタの投稿を開く。インスタのアカウント名には、「山の鼻小屋」と書かれていた。調べてみると、至仏山という山の麓にある山小屋らしい。そのアカウントの最新の投稿に、山小屋で働く人々の集合写真があった。写真に添えられた文章には、
『今年も住み込みで働いてくれる学生さんが来てくれました!』と書かれていた。

写真には、4,50代の女性1人と、学生らしき女性2人と男性1人の合計4人が写っていた。そしてその男子学生の顔が、Aに瓜二つだった。

情報屋がなぜこの投稿を偶然見つけたのか疑問に思うところだが、かなり有力な情報を手に入れた。情報屋には、「なんで偶然見つけるんだよ」「とりあえずさんきゅー」と返事をし、私は駅に向かった。空は暗いままなのに、いつの間にか雨は止んでいた。


数日後、私は好奇心を抑えきれず、至仏山へ向かうバスのチケットを買ってしまった。山の鼻小屋へ直接行くバスは無く、バス停から4kmくらい歩かなければならないようだ。

それからまた数日後、私は至仏山へ向けて出発した。ゼミの調査で1人で山に登ったこともある。なので登山の装備は一通り持っていた。電車とバスを乗り継ぎ、4時間かけてようやく至仏山の近くのバス停に到着する。
思ったよりあっという間の旅路であったが、ここから4キロほど大自然の中を歩かなければいけない。
バス停の自販機で水を買い足し、蒸し暑い森の中に入った。森への入口に、『クマ出没注意』とあり少しビビってしまったが、なるべく足音を立てて、クマにこちらの存在をアピールしながら歩いた。

激しいアップダウンもなかったので、足にそこまで負担がかかること無く、目的の場所の近くまでやってきた。

左手には大きな山がそびえ立つ。これが至仏山なのだろう。右前には2階建ての小屋がある。表に回ってみると、『山の鼻小屋』と書いてあった。

小屋の中を覗く。9月の平日。大学生は休みだが世間からすればとっくに夏休みは終わっている。だからか、小屋の中はガラガラだ。

小屋の奥から学生らしき女性が出てきた。私は何か冷たいものが欲しかったので、その女性に言って冷えたコーラを買った。通常の値段の倍くらいしたが、この山奥ではそれくらいの価値があると思った。

山小屋の玄関の椅子に座り、コーラを飲む。先程の女性がまた近くを通ったので、Aのことについて尋ねることにした。

女性は最初、Aの名前を出されて驚いていたが、私が大学の同期だと伝えると、納得したのかAのことについて教えてくれた。

「A君なら、山を少し登って写真を撮ってると思います」

私はすぐに至仏山の登山口へと向かうことにした。登山届を山小屋に出し、山小屋を出て上り坂を目指す。山小屋から登山口までは開けていて、太陽の光が容赦なく私を襲った。

登り始めて5分くらいだった。休憩用のベンチの前でカメラを構えている人がいた。

私が近づくと、その人はカメラを構えるのを止め、こちらを見た。Aは非常に驚いた顔をしていたので私は、

「偶然だな」 
と言ってやった。

Aは次第に驚いた顔から、いつものヘラヘラとした顔に戻った。

「何してんの?こんな山奥で」
Aは私に問いかけた。

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

Aがカメラを構えていた先は、森の切れ目から外界が見えるスポットであった。尾瀬の高原の一部をここから見ることができた。

「なんで来たんだよ」

「好奇心を抑えられなかった」

「…俺が学校辞めたってあれか?」

「まぁそれもある」

「…別に大した理由じゃねえよ。辞めたくなったから辞めたんだよ」

「じゃあ、今何やってんの?」

「山小屋で住み込みバイト。楽しいぞ」

「なんで山小屋なの?」

「…しつこいなお前は」

Aはため息をついたかと思うと、ゆっくりと話し始める。

「俺さ、カメラやりたかったんだよね」

「うん」

「お前知ってるか分かんないけどさ、俺彼女に浮気されたんだ。おまけに研究は肌に合わないし、本当ツイてないっていうか」

「うん、やっぱりそれが理由?」

「それが理由にはしたくないな」
Aは再びカメラを構える。今度は木漏れ日の当たる登山道を撮ろうとしていた。そしてAは続ける。

「俺さ、いろいろ悩んでる時でもさ、一眼で撮ってるときは忘れられたんだ。だから気付いた。俺はカメラが好きなんだって」

「うん」  

「そのうち、本気でカメラやりたいと思った。いい写真撮って、それがお金になって、それで食っていけたら最高だなって思うようになった」

「うん」

「だから、学校やめた。ついでだから、東京にいると余計なこと考えちゃうから、山奥に逃げた」

「そうなんだ」

「ここの山小屋で働きながら、毎日写真撮って、好きなことばっかりやってる。でも嫌なことから逃げたんだ。人間としてどうなんだろうね」

Aはそう自嘲した。私は彼の言葉を聞いて、好奇心を満たすと同時に、ある種の劣等感を感じてしまった。Aは逃げたのかもしれない。でも、Aは自分の好きなことに真剣に向き合う覚悟を決めていたのだ。

その一方で私はどうなのだろうか。本当に好きなことをできているのだろうか。仮に好きなものがあったとして、そのために学校を辞める覚悟を決めることができるのだろうか。恐らく出来ていないだろう。

とりあえず、私はAに向かって
「身勝手だな」
と応えた。

Aはバス停まで送ってくれた。近道を知っていたので、行きより早く着いた。帰り道は入学した時の話や、最近の話をしていた。なんだか1年前を思い出す。
ついでにラインの返信をしなかった理由も聞こうとしたが、正直どうでもよくなっていたので聞かなかった。

バスが出発するまで、Aはバス停で待ってくれていた。バスが出発する時も手を振ってくれた。

バスに揺られ、私は再び劣等感に苛まれる。私の好きなものってなんだろう。本気になれるものってなんだろう。

考えるうちに瞼が重くなる。

軽く眠ってしまった。起きてすぐに、私はAのインスタを開いた。

1分前に新しい投稿がなされていた。

木漏れ日の差す登山道の写真だった。

(終)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?