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ほぼ宅飲みだけで日本酒通になる方法 ~その①~ アナーキーな日本酒との出会い

はじめての日本酒はカップ酒

 たぶん大学生の時だったと思う。友達と酒を飲むようになり、ひとまずビールの苦みを旨いと感じられるようになってきた頃、ここらで新しい酒にチャレンジしてみようと思ったわたし。初めて日本酒を飲んだきっかけは、そんな軽い気持ちだったと思う。当時は金もないし知識もないので、コンビニで安いカップ酒を購入しおもむろに口に含んでみる。これがそもそもの間違いだった。

「うわ! なんだ、このまっずい酒は! 」

 貧乏学生がわざわざ買ったにもかかわらず、そのカップ酒は全部飲まれることなく捨てられてしまった。ふだんならお米の一粒も惜しむわたしが、そのときはなんの罪悪感もなく酒を捨ててしまったのだ。

 思えば、昔から愛読している『美味しんぼ』にも、日本酒は不味い酒という先入観をもったキャラクターが出て来た。たぶん小泉局長だったと思う。彼は日本酒は甘ったるくてくどくてまずいといい、もっぱらワインばかり飲む。そこで山岡がお得意の「あなたは本当の日本酒をしらない。今度時間を空けておいてください。美味しい日本酒を飲ませてみせます」とかなんとかいって、小泉局長とのトラブル解決にまでつなげるとかいう、そんな流れだったんじゃないかな(とにかくあの漫画の登場人物は食い物のことですぐケンカし、時には外交問題にまで発展する。そのくせ旨いものを食うとゆ歪んだ人間そのものがたちまち矯正されてしまう)。

 あのときわたしが飲んだ日本酒こそ、まさしく「甘ったるくてくどくて不味い」酒だった。カップ酒のラベルなんてろくに見てないから当然覚えてなんかいないが、絶対に普通酒だったに違いない。もちろん『美味しんぼ』のあのエピソードは最後まで読んだから、醸造アルコールだけでなく糖類などの添加物を加えた三倍増醸酒(あのころはまだ三増酒がのこってたはずだ)ではなく、米と米麹、そして水だけで作った日本酒こそ本物であり美味しい、ってことは記憶の片隅の残っていたはずだ。それでもあの時飲んだカップ酒の悪いイメージを払しょくすることはできなかった。というより、払しょくする必要がなかった。だってそもそも酒そのものに強いこだわりをもっていたわけではなかったからだ(まだ大学生だったからな)。それなのにビールやチューハイよりも高い純米酒なんかに手を出そうなんて思うはずがなかった。

紙コップで新政を飲む

 それから10年以上経ったあるとき、職場の上司に進められて日本酒を飲んでみた。忌々しいカップ酒の記憶は薄らいでいた一方で、その後も『美味しんぼ』はちょこちょこ読んでいたから、「日本酒ってホントは美味しいらしいよ」くらいのイメージはあった。そのイメージが手伝って、ホント久しぶりに日本酒を口に含んで

「うわ、フルーティでおいしいですね! 」

 このわたしがフルーティなんて言葉を使ったこと自体に驚いてしまうが、それほどに目が覚めるような美味しさだったことを覚えている。それこそ小泉局長が山岡によって日本酒への偏見を払しょくできたように、わたしも日本酒に対するイメージを180度変えることができた。これがたぶん今から9年くらい前だったと思う。ちなみにこの時飲んだのは黒龍酒造の黒龍だった。

 その次に衝撃を受けた酒は、新政のNo.6だった。今から7年くらい前、その頃わたしが勤めていた職場には、とにかく出張の多い上司がいた。彼は出張の旅に購入して来る地酒や知り合いからもらった地酒を職場の冷蔵庫にため込んで置き(ひどい時は720mlの瓶が10本以上入っていたため、別の上司がいい加減にしろとたしなめたほどだった)、不定期的に「日本酒研究会」なる飲み会をオフィスで開催していた。「研究会」といっても、出て来る感想は「うまい」か「いまいち」(さすがに上司が買って来てくれた酒にたいして「まずい」とはいえないわな)の2つくらいで、「この酒の場合、精米歩合はうんぬんかんぬん」とか「山廃らしい濃醇さがうんぬんかんぬん」なんて話は絶対に出て来なかった。要はただの飲み会である。そんな場にいまをときめく新政のNo.6が出てきたのだ。肴は近所のスーパーで買って来た揚げ物やサラダで、酒器はなんと紙コップ。蔵元が聞いたら流石にずっこけるんじゃないか。しかしそれでも衝撃的な味と思わせたんだから、さすが銘酒である。香り高く、後味がきれいに消えていく。そんな印象だった。

 このように、わたしの日本酒に対する偏見を打ち砕いてくれたのは職場の上司たちだった。その後この上司たちとは大喧嘩をし、いまはまた新しい職場で働いているけど、あの時飲んだ日本酒の味は忘れられなかった。飲み会の雰囲気もあって余計に美味しく感じられたのかもしれない。とにかくこうして日本酒に興味を持つようになったわたしは、それから地方出張の際には地酒を土産として購入し、地元の酒屋を回るような日本酒好きへと成長していくのだが、その話はまた次回以降。とにかく偶然飲んだ銘酒たちが、わたしを日本酒の世界へと誘ったのだ。

 しかし上記の通り、周りに日本酒好きは沢山いたけれど、彼・彼女らは日本酒に関する知識はそうとう怪しかった。じゃなかったら、もう少しこだわった肴をそろえ、なによりも紙コップで飲んだりはしないはずだ。それにわたしは、なにかに興味を持ったらひとりで調べてひとりで楽しむタイプだ。いまだって一人で秩父宮ラグビー場に出掛けたりする。知識ゼロのわたしは、見よう見まねで日本酒を飲みながら、独学で学んでいくことになる。

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