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やはり大接戦となった韓国大統領選挙 その背景にはやはり20代女性があった

※イメージ画像は、3月8日の国際女性デーに行われた労働組合・民主労総のデモ行進。参加者たちは性差別と女性嫌悪に対して抗議の声をあげた(民主労総のユーチューブチャンネルよりスクリーンショット)

○予想以上に予想通りだった大接戦

 3月9日に投開票が行われた韓国大統領選挙では、わずか0.8%という僅差で「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補が勝利した。今回の選挙は接戦が伝えられていたが、まさかこれほどの僅差で勝負が決するとは、誰も予想しなかっただろう。しかし投票日直前までに行われていた各種世論調査では、尹錫悦が有利という結果が出ていた(投票日までの1週間は、世論調査は実施できてもその結果を公表することは禁止されている)。実際に「国民の力」内部からは、最大10%の差をつけて圧勝するだろうと予想する者もいた。
 ところが、9日の午後7時半に発表された地上波3局合同の出口調査の結果は、尹錫悦48.4%、「共に民主党(以下、民主党)」李在明(イ・ジェミョン)候補47.8%と超接戦。今回初めて出口調査を実施したJTBCからは、尹錫悦47.7%・李在明48.4%と、やはり僅差でありながらも今度は李在明有利という結果が発表された。ふたつの出口調査の結果が明らかになるや、民主党陣営から拍手がおこり歓声があがる一方、李俊錫(イ・ジュンソク)代表をはじめ「国民の力」陣営は表情を曇らせた。いくら出口調査とはいえ、自分たちの予想を大きく裏切る結果に当惑する様子がありありと見えた。

○尹錫悦勝利の要因は何だったのか

 大統領選挙が終わるや否や、各メディアは尹錫悦勝利の要因と、李在明が驚異的な追い上げを見せた理由について分析している。代表的なものとして、CBSラジオのニュース番組「キム・ヒョンジョンのニュースショー」(以下、ニュースショー)で報じられた内容をまとめてみよう。

https://www.youtube.com/watch?v=6H3dcp0tPrs

https://www.youtube.com/watch?v=CPcIhxkB_vc

 まずは尹錫悦勝利の最も大きな要因を見ていきたい。結論から言えば、それはソウルや首都圏(京畿道)における不動産価格の高騰である。全体の得票数を見ると、尹錫悦1639万4815票、李在明1614万7738票とその差は24万7077票。ソウルだけの得票数を見ると、尹錫悦325万5747票、李在明294万4981票となり、その差は約31万票。過去の大統領選では2007年を除きすべて民主党候補がソウルをものにしてきた。しかし今回は保守政党「国民の力」候補が勝利し、それがそのまま全体の結果につながったと言える。

 ニュースショーに出演したファクトチェック専門ニューサイト「ニュースTOF」のキム・ジュニル代表によると、ソウルの中でも不動産価格が上昇し税金が引き上げられた地域では軒並み尹錫悦が勝利したという。また李在明の得票数が尹錫悦を上回った京畿道でも、不動産価格の高騰した地域ではやはり尹錫悦が勝利している。このように、文在寅政権の政策失敗がもたらした不動産価格の高騰と税の引き上げが、民主党が無党派層からの支持を失う一番大きな要因となったのである。

 しかしそう考えると、尹錫悦はより大きな差をつけて李在明に勝利していても良かったように思える。不動産価格の高騰はずっと前からの減少であり、特に文政権の政策失敗が批判されるようになったのは2020年の夏ごろからだ。世論調査において「政権交代」を望む声が多かったのも、不動産政策の影響が大きかったと思われる。これについては拙稿「文在寅政権の5年間② 世論調査から見る支持率の推移と不動産政策」を参照してもらいたい。
https://note.com/k_border_j/n/nede5aa1aa646

○土壇場で動いた若い女性たち、その背景にあったのは「反フェミニズム」

 なぜ今回の大統領選挙が、夜中の3時過ぎまで当確の出ない大接戦となったのか。それは若い女性の票が多く李在明候補に流れたためである。

 これまで何回も指摘してきた通り、尹錫悦や李俊錫は「反フェミニズム」を掲げて今回の大統領選挙をたたかった。それは女性によって男性が「逆差別」されていると認識する「イデナム(20代男性)」を取り込もうとする戦略であった。出口調査の結果を見ると、確かに18歳から29歳までの男性で尹錫悦に投票したのは58.7%と、李在明の36.3%を圧倒している。ところが、20代女性では尹錫悦に票を投じたのが33.8%である一方、李在明は58%と、男性と比べて真逆の結果が出た。男女合わせた20代全体を見ると、李在明47.8%、尹錫悦45.5%と、むしろ李在明の方が多い。ちなみに30代女性を見ても、尹錫悦43.8%、李在明49.7%と、李在明の方が支持を受けている(30代男性の場合は尹錫悦52.8%、李在明42.6%)。

(https://note.com/k_border_j/n/nbb9eb8b01776)

 上の「接戦となった韓国大統領選挙、カギを握るのは20代女性?」でも書いたように、もともと20代・30代の女性は民主党出身の文在寅大統領を支持する傾向が強い。しかし選挙戦最中の世論調査において、李在明は若い女性からの支持を得られずにいた。それには義理の姉に対する暴言などが大きな影響を与えていた。また、朴元淳(パク・ウォンスン)元ソウル市長、呉巨敦(オ・ゴドン)元市長、そして安熙正(アン・ヒジョン)元忠清南道知事といった民主党出身の自治体首長たちがセクハラや性暴力でその座を追われたことも、党全体のイメージ悪化につながっていたのである。

 李在明が20代・30代女性からの支持を取り戻すことに成功した理由は、ほかでもない尹錫悦と李俊錫の掲げた反フェミニズムにある。

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 革新野党「正義党」の候補・沈相奵(シム・サンジョン)は、今回の大統領選挙でわずか80万3358票、全体の2.37%しか得られなかった一方で、彼女や党に寄せられた寄付金は12億ウォンに上るという。女性中心のインターネットコミュニティに「今回は沈相奵に投票できない。その代わりに寄付しよう」というコメントがアップされてから、わずか1日のうちに多額の寄付金が寄せられることになった。つまり若い女性の多くは「誰に大統領になってほしいか」ではなく「誰を大統領にしてはいけないか」という思いから李在明を選択したということになる。
 反フェミニズムを掲げて20代男性の票を得るだけでなく、そこから他の世代にまで大きな影響を与えようとした李俊錫の「世代包囲論」が、むしろ自分たちの勝利を危うくしたのであった。実際に選挙後「国民の力」内部からは、反フェミニズムを掲げたことに対する反省の声も聞こえている。

 史上稀に見る大接戦となった今回の大統領選挙は、韓国社会の抱える問題をあぶり出すことになった。不動産価格の高騰、そして女性差別である。韓国はいまだに男女間の賃金格差が大きく、イギリス・エコノミスト誌の調査によると29カ国中最下位となっている(https://news.yahoo.co.jp/articles/10e48a23f80c81fd70adc11f570f39fe030b1898)。

 そうした現実が存在するにもかかわらず、女性の社会進出が進むにつれて一部の男性からは「逆差別」であると差別を助長するような声が高まる。若い女性はこうしたバックラッシュのただ中で、李在明という現実的な選択をすることで抗おうとしたのである。対立を煽ってきた尹錫悦と李俊錫には猛省を促したい。

 次回の記事では、尹錫悦が掲げた「女性家族部廃止」などの公約が本当に可能なのか、そもそも「女性家族部」とは何なのかについてまとめてみようと思う。

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