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ほぼ宅飲みだけで日本酒通になる方法 ~その③~ 酒屋で日本酒を買ってみよう


そもそもなぜ、宅飲みなのか?


 さて、前回までにわたしが日本酒に魅力を感じ、その世界に触れてみようと思い立つまでの過程を書いてきた。ただしこれだけでは、なぜタイトルに「宅飲み」とついているのかがわからない。どうして居酒屋や日本酒専門のバーよりも、家で飲むことにこだわったのかについては、まだ言及していなかったはずだ(もちろん居酒屋でも地酒は飲んでましたよ、コロナ禍以前は。宅飲みに比べると圧倒的に少なかったけどね)。

 わたしが主に宅飲みにこだわったのにはいくつか理由がある。まずは居酒屋で飲むのは割高だと考えたためだ。23区内の居酒屋で純米吟醸を1合飲もうとしたら、どれくらいの値段になるか。800〜900円だと良心的な部類だろう。酒屋で同じスペックの日本酒を買おうとしたら、4号瓶で2000円くらいかな。それなら家で飲んだ方がお得ではないか。もちろん居酒屋は準備も後片付けもする必要がないし、つまみや料理も作る手間がないというメリットがある。ただ、わたしは普段から皿洗いをするし、料理も嫌いじゃない。それならあえて外で日本酒を飲み必要はないのである。

 また、日本酒のラベルを愛でながら飲んでみたいと思ったのも、宅飲みにこだわった理由の1つだ。他の酒類にも言えることだが、日本で作られるお酒のラベルは本当にバラエティに富んでいる。例え同じ銘柄の日本酒でも、商品ごとにそれぞれデザインが変わるし、遊び心があって楽しくなる。わたしが特に好きなのは佐賀県の天吹酒造。冷やおろしはハロウィンのかぼちゃが描かれていていかにも秋を感じさせるし、冬限定のおりがらみには雪だるまと、色合いが完全にマッチしてる。夏の純米大吟醸はなんとも色鮮やか。思わずジャケ買いしてしまいたくなるような楽しさが日本酒にはある。こうした遊び心にはどうしても付き合ってみたくなる。

天吹 秋に恋する純米酒


天吹 純米大吟醸 夏色



 そして何よりも、パートナーが1番の飲み友達というのが、宅飲みが好きなもっとも大きな理由だ。もともと仕事を通じて知り合ったわたしたちは、付き合う前から2人きりで飲むことがあったし、付き合ってからも二次会は当たり前。一晩で1升瓶を開けたこともあった。人生の相棒であり、最高の飲み友達が家にいるのだから、そりゃ宅飲みが多くなるわけだ。

 コストを気にせず、気楽に気ままに飲むため、というのが宅飲みにこだわる理由なのである。もちろん宅飲みばかりしてるとつまみや料理がワンパターンになるというデメリットもある。何よりも専門家ではないので、マリアージュを楽しむのがなかなかに難しいが、日々試行錯誤を繰り返すのもまた楽しいのである。

地元の地酒専門店に行ってみた


 さて、宅飲みするにはまず日本酒を買ってこなきゃならない。初めて日本酒を買った酒屋は、行きつけの銭湯の隣にあったと思う。この酒屋には、いかにも「わたしに日本酒について聞かないでくださいよー、ただの店番ですから」って顔をした60代くらいの女性がいた。その女性の前でわたしは、『夏子の酒』で得た付け焼き刃の知識をひけらかしながら、パートナーと一緒に日本酒を選んだ。これは精米歩合が何%だから云々…。いま思い返すとまったく恥ずかしい限りである。しかしそんなわたしを見てその女性は「あら、日本酒詳しいのねー」。いま思うとお世辞だったのだろうが、とにかく少し知識を得たからっていい気になっていたのだ。

 ちなみにこの時選んだ2本の日本酒は、正直可もなく不可もなく、という印象だった。2つとも有名な銘柄ではあったけど、その時のわたしの好みや料理との相性を考えて購入したわけではないので、あまり印象に残らなかったのも無理はない。

 うーん、やっぱりもっとちゃんと選びたいなぁ。でも、それにはまだ知識が足りない。テキトーにネット通販で購入したら、この間と同じ失敗をしてしまいそうだ。どこかに日本酒専門の酒屋はないかなあ。そういうところで店員さんにあれこれ教えてもらいながら、その時の好みに合った日本酒を選んでみたいなぁ。
 
 そんなことを考えながら、帰宅途中の電車の中でググってみると、なんとわが家の最寄駅の近くに地酒専門の酒屋があることがわかった。この街に越して来て1年以上経っていたけど、こんな路地裏に酒屋があったなんて知らなんだ。駅に到着してから早速その酒屋を覗きに行ってみる。店先にはデカデカと「風の森」ののぼり旗がたなびいている。

「風の森⁉︎ なんだそれ、ナウシカか?」

 あと「作」の旗もあったような。「風の森」も「作」も、日本酒好きなら当然知っている銘柄だが、当時のわたしにとってはまだ初めて耳にする名前だった。この時は店内に入る勇気がなく、外から中を覗くだけだったが、他にも見たことのない銘柄がずらり。なんだなんだ、どれも『夏子の酒』には出てこなかったぞ。なんだかとんでもなくマニアックな店だな、と構えてしまったのを今でも覚えている。ちなみにこのお店の名前は伏せておきます。ひとまずXとしておこう。店長さんが少し個性的で、この後イジリ続けていくと思うので、ここでは敢えて公開しませんので悪しからず。

教えて、店長さん


 初めてこの店で日本酒を買ったのは、それから数ヶ月経ってからだったと思う。友人が家に遊びに来るので、一緒に飲む日本酒を買いに行ったのだ。その友人も日本酒に興味があったので、ちょっとマニアックな酒を用意しようと勇気を出したのだった。

 店に入り、Xの店長に「おすすめの日本酒は?」と聞いてみる。すると「どんなお酒がお好みですか?」と返された。まだ素人で好みも何もないから店長のオススメを聞いているのだが、確かに店長からしたらそんな曖昧な情報だけで数多ある在庫のなかから1つを選ぶことはできないだろう。「大阪出身の友人をもてなすためなんですけど…」と、またしても店長からしたら「んなこたぁ知らねーよ」っていう情報しか伝えられないわたし。結局店長からは「それならご自身で飲みたい日本酒にしてはいかがですか?」ともっともなことを言われた。

 そして最終的に買ったのが、奈良県油長酒造の「風の森」だった。なんで「風の森」になったのか、あまり覚えていない。とにかく、それまで日本酒といったら新潟か東北が1番だとばかり思っていたわたしにとって、奈良の酒というのはなんともミステリアスな存在だった。うーん、どんな味なんだろう。
 
 家に帰ってパートナーと友人と3人で「風の森」を飲んでみる。栓を開けようとすると、「ポンッ」と勢いよく音が鳴り蓋が飛びそうになった。

「なんだこの日本酒は、炭酸だぞ!しかも辛くなくて甘い!」

 初めて飲む味わいに3人とも戸惑ってしまった。この時はまだ日本酒という酒の奥深さ、広がりというものを理解していなかったのである。戸惑いつつも、「風の森」の1升瓶はものの1時間でなくなり、さらに友人が持って来てくれた4号瓶と300ミリの瓶を飲み干し、この日の宴会は幕を閉じるのであった。

 初めて飲む「風の森」に多少面食らったのは確かだが、Xにはまだまだ個性的な日本酒が待ち構えているに違いない。というわけで、2018年の5月のとある金曜日、Xを再度訪れた。なんでこんな中途半端な日付を覚えているのかというと、ちょうどこの時パートナーが出張で家を空けていて、ひとりで宅飲みをすることになっていたからである。このパートナーの出張は、当時わたしたちがいた業界ではあまりに有名な年中行事にあわせてのものだったので、いまでも記憶に残っているのだった。

 店内に入り、店長に話しかけてみる。5月に入り気温も高くなって来たので、今日はスッキリした酒を飲もう。「すいません、辛口の酒をください」とわたし。

 この「辛口の酒をください」というのが、酒屋泣かせのセリフであるということを知るのはずっと後のことである。よく日本酒の味わいを「辛口」と表現することがあるが、どういう酒を辛いと感じるのかは人それぞれであるため、店員もどんな酒を薦めればいいのか迷ってしまう、ということらしい。この時もXの店長に「僕は辛いって表現がよくわからないですねー」と一蹴されてしまう。んなこといってもさー、こっちは素人なんだから優しくしてよ。それに店長だってインスタで日本酒紹介する時「juicy」とか「fresh」とか使うじゃん。英語はええんか?

 ただ、それでも助け舟を出してくれるのが店長のいいところ。「以前飲んだことのあるお酒を例に出してもらえませんか?」。あ、それなら今日の気分にあった酒のイメージを伝えられるかも。

「えーっと、あれです。『夏子の酒』に出て来た」

 ちょうどその年の冬、新潟出張の折に久須美酒造の酒をお土産として買って来たのだった。

「ああ、清泉ですね。それならこれはどうですか」

 といって店長が出してくれたのが広島は相原酒造の「雨後の月」夏酒。

 「これはドライですよー」

 辛口はダメで、ドライはええんか…。まあ細かいことはいい。今日は金曜日だ、早よ帰って飲もう。スーパーで買ったトンカツを肴に、「雨後の月」を口に含んでみる。

うごのつき 涼風純米吟醸


 うわ、なんだこの酒は⁉︎ 確かにドライで、切れ味バツグン、スッキリ爽やか。そのくせアルコール特有の後味は全くない。まさに暑くなって来た5月の夕方にピッタリの酒じゃん。やるねー、店長!

ってことで、初めて『夏子の酒』を読んでから少しずつ酒屋に出かけ、直接日本酒を購入するようになったわたし。やっぱり専門店に行って、店員さんに教わりながら買った方がハズレがないかも。それに酒選びのポイントなんかも教えてくれるし。

 これ以降、わたしの中で地酒専門店に行って日本酒を買うという行為が当たり前になっていく。いまは引っ越してXは遠くなったけど、それでもたまに日本酒を買いに行っています。ネックなのはクレジットカードが使えないことくらいかな。

 とにかくXとの出会いがなければ、そのあともしばらくは酒選びで失敗したかも。これ以降、銘柄にしても味わいにしても、徐々に知識を増やしていくわたしなのであった。続く。

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