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【文学に酔う】『熱帯』森見登美彦/著(文藝春秋)

マトリョーシカのように話が折り重なり、謎が謎を呼ぶ怪奇小説。
この小説に「結末」は存在しない。

おすすめ度・読者対象

おすすめ度:★★★☆☆
読みやすさ:★★☆☆☆
・一風変わった小説を読みたい人
・純文学が好きな人向け

結末まで誰も読んだことのない不思議な小説ーー『熱帯』。
本の中の主人公たちは、どうすれば『熱帯』の結末にたどり着けるのかと思案し、ある人は当てのない旅に出る。
そして読者である我々もまた、熱帯のラストを追い求めている。

熱帯という本を解き明かしていくと、千一夜物語が深く関わっているようだということがわかる。

まるで終わりのない深淵を覗くような話
ある種ホラーであるとも言える。

でも私たちはそれでも「熱帯」のラストを探してしまうのだ。

父の蔵書をめくっていて、かつて父が引用した言葉を見つけたときは、なんだかヒヤリとするものだよ。そういう文章がいくつも見つかると、父が僕に語ったことはすべてこの書棚にある本の引用だったんじゃないかと思えてくる。そうすると目の前の書棚こそが父であるということになる。
死んだはずの父がまだそこにいて、僕に向かって語りかけてくるわけだよ。
『熱帯』森見登美彦/著(文藝春秋)

好きなポイントと注意点

とにかく文章で物語を読んでさえいればそれでいい。
たしかに小説がなくても生きていけます。でも面白い小説が読みきれないほどあるということあそれだけで無条件に良いこと、それだけでステキなこと、みんなよく頑張った、人間ばんざい! そう思えたんですよ。
『熱帯』森見登美彦/著(文藝春秋)

いくらか本を読み慣れた人向け。
ミステリーとかではない。ホラーでもない。
小説を読むことが好きな人は、どっぷり浸かって楽しめる作品。
明治〜大正の純文学が好きな人は、たまらなく楽しいこと請け合い。

高校生に人気だったというのはなかなかに驚かされた。(高校生直木賞を2019年に獲得)
彼らの目の付け所や、小説を読む力量、捉え方の良さに感嘆する。
他にもいろんな書評を読んでみようと思う。

最初は東京が舞台、半ばからは京都が舞台となる。
現実とファンタジーがいつの間にか混在してしまう、それが森見登美彦さんの作品の真髄かもしれない。
一寸先は闇、ではなく、摩訶不思議な異世界、なのかもしれない思わせる何かがある。

中盤からは理解しようとは思わない方がいい。
現実をただ受け入れること。

誰が語り手なのかを見失わないように注意すること。
そうすれば、読者は『熱帯』で遭難しなくて済むだろう。

かつて『熱帯』という小説を読み始めた私たちは、いつしかしの『熱帯』という世界そのものを生き始め、それぞれがこの物語の主人公として「大団円」を目指している。
だからこそ、私の『熱帯』だけが本物なのです。
『熱帯』森見登美彦/著(文藝春秋)

余談

久しぶりに読み終わって混乱した。
この話はどうやら周回プレイを求められているらしい。

読めば読むほど味がわかる作品というのは、そうそうお目にかかれるものではない。
ただ、とことん疲れる。1日で読もうと思うのは健全な時だけに限る。

森見登美彦さんという作家には、私が大学生の頃に出会った。
一言で言ってしまえばファンタジー小説を描く方だが、ただ異世界に行くようなタイプではなく、異世界というのは日常に突然現れてくるタイプである。
そのファンタジーは妖怪とかに似ているかもしれない。

最初は本人が出てくるから、てっきり自伝なのかと思った。全然違うから安心してほしい。

直木賞にノミネートしそうだった作品だという本作。
高校生に人気らしいのをみなさんはご存知だろうか。

読み終わった後、これを好きになれちゃう高校生諸君はなかなかやるなあと思ってしまった。
大衆小説に染まってしまうと、こういう骨のある作品は、なかなか読み応えがある。端的に、有体に、包み隠さず言えば、大変だ。

でも本が好きなら、たまにはこんな歯ごたえの本も読みたいものである。

大衆小説は物語を楽しむが、純文学は時としてそうではない。小説を楽しむために存在する。
ジェットコースターに例えてみるとわかりやすい。
ディズニーのビックサンダーマウンテンは、ディズニーの世界観を楽しんで、最後にジェットコースターの浮遊感も楽しめる。
でも本当にジェットコースターを楽しみたい時は、富士急のフジヤマとか、ナガシマスパーランドの白鯨で、思いっきり生命の危機に直面したい。

『熱帯』は後者だと言える。

作品に挑みたい方は大歓迎。
汗をかきたい人には、大満足させられる作品だと私は思う。
機会があればぜひチャレンジしてみてほしい。

私は気が向いてみたら周回プレイをしてみる予定。しばらくは棚の中で眠らせておこうと思う。

特設リンクも素敵なのでよかったら