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【だいたい2000字小説】 リコーダー浪漫

 三人は、教室の窓際、楽譜を並べた机を囲んで額を突き合わせていた。
 グラウンドでは、サッカー部が走り込みをしている。掛け声がリズミカルに繰り返されていた。

「やはり、昨年の文化祭でミス優勝だった高嶺さんのリコーダーでしょ」と山田が腕を組む。
「いやいや、お嬢様のあの子ですわ」と佐藤が眼鏡を中指で押し上げた。
「ムードメーカーのえまちゃんも捨てがたいぜよ」と言いながら、鈴木は自分の顎先を撫でる。

 借りるならどの女子のリコーダーがいいか。
 三人は、真面目な顔つきで、思い思いの名前を口にした。
 女子のリコーダーを貸してもらえるなんて、絶対にあり得ないけれど、そんな奇跡が起こり得るのならと、心の内に秘めた憧れを話し始める。

「高嶺さんの、あの残り香がたまらんのよ。あれは、最近流行りのお高いノンシリコンシャンプーを使っているに違いない」
 山田の主張に、たしかに、と他の二人が頷く。
 高嶺さんは、腰ほどもあるスーパーロングヘアが印象的だった。
 彼女とのすれ違い様、風に乗った黒髪が、小さい可憐な花々を思わせる香りを宙に放つ。
 彼女が去った後に深呼吸をする者も少なくなかった。

 あの香りを思いつつ暫し目を瞑っていた山田が、現実に帰ったように佐藤に言う。
「お嬢様だけど、実は、リコーダーの縁は噛み癖で少しザラついていたりして」と山田は、目を細めてニヤニヤしていた。
 えー、そんなこと言うなんて酷いという鈴木を他所に、
「ふふふ、それもまた良き」と、佐藤は、片方だけ口角を上げて笑った。
 佐藤の不敵な様子に、このモノ好きー!変態か!などと、三人は盛り上がっていた。
 ふと顔を上げると、周囲の視線が、窓際の三人に注がれている。
 少し声を上げすぎたか。
 とりわけ、他の部員を指導していたところを、三人の声に振り返った部長の視線が痛い。
 グラウンドの掛け声が、やけに大きく聞こえる。
 三人は、反省するかのように肩をすくめながら、当初の態勢に戻ってヒソヒソと話を再開した。

「えまちゃんは、あんな感じに見えるのにさ!この前見た時、キュレルのリップを使ってたよ。あれは、繊細な唇と見た」
 またーそういうところばっかちゃっかり見てるよね、と山田が言う。
 えまちゃん、意外だわーと佐藤が目を丸くする。
 いつもクラスの中心にいるえまちゃんは、よく喋る子で、唇が乾燥する暇などないように見えるのだ。
 鈴木は、キュレルのリップスティックの使用感やセラミドの効果について、美容うんちくを一通り熱弁した。
「やっぱ、キュレルが保湿力は高いんかね」
「いやー、ニベアもなかなか良いとは思うけどね」
「DHCなら、色付きもプルプルも叶うから、半年くらいリピしてる」
「でも、あんまり色がついたり、ベタつくと、楽器吹く時に気にならない?」

「ひっ!」油断していた肩に背後から手を置かれて、山田が飛び上がった。
 三人の額が軽くぶつかる。三人は、額をさすりながら、顔を上げた。
「あいちゃん、ななせさん、まいまい。ちゃんとパート練習してね」
 山田の肩に置かれていたのは、部長の左手だった。
 右手は、首から下げられたアルトサックスを支えている。
 穏やかな声と笑顔とは裏腹に、部長の目は笑っていなかった。
 どうやら、本気で怒らせたようだ。
 楽譜を読み込んでいるふりではバレてしまったらしい。
 山田・佐藤・鈴木の女子三人衆は、部長にすみませんと謝罪を口にした。

 部長が離れた後、先の衝撃で乱れた前髪を各々整えながら、三人は目線だけで笑った。
 パートリーダーの山田が、机に広げていた三部の楽譜に数カ所の印をつける。息継ぎのタイミングについて印を確認した後、机とは少し離れたところに並べていた譜面台に各々の楽譜を広げた。
 膝の上に置いていたトランペットや、まだケースに入ったままだった楽器を取り出して、練習前のメンテナンスをする。
 部室として使っている教室の中は、指を慣らすために音階を駆け上がる音や、息を保つ練習にと長く長く伸びる音たちで溢れかえっていた。
 夕陽が、教室の中まで伸びてきて、楽器に金の筋を作っていた。


おわり

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