月とサッカーボールを見守る、見知らぬ人たち
「11月8日の夜、皆既月食が起こります」
「しかも今回は同時に月が天王星を隠す天王星食も起こります」
当日はとても晴れていて、空気も澄んでいて、絶好の皆既月食日和。
ただ、月食が始まった時間はまだ会社にいたので、帰り道に欠けていく過程が見れたら良いなと願いながらパソコンと向き合っていました。
19時過ぎ。最寄駅近く。
見上げると月はすでに欠けていて、もう少しですべて影に覆われるってタイミングでした。
ふと見渡すと、同じように顔を上げている人たちが。
グレーのスーツを着た男性。両手にエコバックを持った奥さん。年代が近いだろうOL。
秋の生ぬるい風が吹く中、見知らぬ人たちと欠けていく月を一緒に見守る時間が、なんだかくすぐったく感じたのを覚えています。
*
先日行われたワールドカップ、日本VSドイツ戦。
サッカー知識は正直ほぼない私ですが、見れる時間帯だから見ようとテレビのスイッチをオン。
作業しつつ見ていた前半、そして後半の追い上げからの逆転勝利!
思わず「おおお!」と一人声を上げてしまいました。
Twitterを開いたら、同じように喜んでいる人々の呟きが。
ガチ勢や、ワールドカップは毎回見てる人、たまたま見てた人。家族と、友達と、一人で、お酒やほうじ茶を片手に見ていた人たちの歓喜の言葉が流れていました。
それらを眺めなながら、この感覚、つい最近も経験したぞと記憶を振り返ると、それは皆既月食で一緒に月を見上げたあの瞬間のくすぐったさと似ていて。
どこの誰かも分からない。顔も見えない。普段の生活も知らない。
そんな人たちとほんのわずかな瞬間、同じ時間を共有していたこと。同じものを見ていること。とても不思議だなと思ったのです。
この瞬間が終われば、それぞれ元の生活に戻る。
でも本来はそっちが日常で、この瞬間が特別でイレギュラー。
だからこそ刹那的で、幻想的だなと思えたのです。
これって、月やサッカー以外にも、コンサートや観劇も同じですね。深掘りすればもっとたくさんあるかも。遊園地のジェットコースターとか、離陸する瞬間の飛行機とか。
もしかしたら私は、そういう瞬間をいっぱい共有したいのかもしれないし、そういう瞬間が好きなのかもしれない。いや、好きだな。
これもエンタメが好きな理由の一つなのかもしれない。
なんて拡大解釈しておきます。
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