見出し画像

手紙と彼女

振り返ると、彼女は昔からよく手紙を書いていた。


例えば、同じ幼稚園に通っていた、同じマンションの女の子へ。
初めてできた友達のその子と彼女は背格好も似ていて、親同士も仲が良かった。でも小学校へ上がる前に引っ越ししてしまい、彼女は母親に頼んで手紙を送ってもらった。
と言っても、文字と文字が結びついたものとは違い、絵や文字があちらこちらで飛び跳ねている、まるでパッチワークのような手紙だった。
内容を忘れてしまった手紙のやり取りは、いつしか途絶えてしまった。


例えば、小学校の時に転校してきた女の子へ。
小学4年生の時に北海道からやってきたその子は、2年後にまた別の土地へと転校してしまった。当時の彼女は転勤族というものを知らなかった。
新しい住所を教えてもらい、彼女は自分で切手を買い手紙を書いた。パステルカラーの便せんにその時夢中になった漫画の感想やクラスメイトのことをぎゅうぎゅうに書き込み、最後に最新のプリクラを貼って送るのがお互い暗黙のルールになっていた。
週一で書いていた手紙は月に一度、3ヵ月に一度と徐々にペースが落ち、やがてフェードアウトしていった。


例えば、好きなゲーム雑誌へ。
小学5年生の頃に勧められてハマったゲームが月に一度、冊子を発売していた。その中にゲームのキャラクターから一言返事がもらえるコーナーがあった。
あるキャラクターに対して初恋に似た気持ちを抱いていた彼女は、ハガキに気持ちを乗せて投函した。この時すでに自意識過剰を拗らせていた結果、名前は偽名を使っていた。
すると見事そのコーナーに掲載され、恋していたキャラクターがお便りに対して返答してくれた。
彼女は何度もそのページを読み、脳内で偽名を本名に変え、キャラクターが喋るのを妄想すると、架空の人物と繋がったことへの喜びを嚙み締めた。


例えば、中学の頃応援していた俳優へ。
彼女が夢中になっていたその俳優は別の俳優と一緒にラジオをしていた。彼女はそのラジオへハガキを送った。何通も。
ハガキサイズのコピー用紙に下書きをしてからハガキへと書き写し、ポストに投函した。何通も。
そして、送った手紙が俳優によって読まれた。何通のうちの2回。
深夜にアンテナを引っ張りラジオを聞いてた彼女は、ノイズの向こう側から自分のお便りが読まれたのを耳にして、届いたことの嬉しさと同時に文章力のなさに絶望をした。



振り返ると、彼女は昔からよく手紙を書いていた。 誰かに向けて言葉を紡いでいた。頭の中で想いを整理整頓し、限りある言葉の中から適切なのを選んで編み物のように文字を書く。そして、相手へと送る。その瞬間に味わう達成感が好きだった。

彼女は今でも書いている。いや、打っている。
文章力に絶望しながらも、手紙だからこそ伝わる何かを信じて、彼女は想いを送り続けている。
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?